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冬から夏への贈り物 – ユネスコの無形文化遺産に登録された『小千谷縮』

小千谷縮は「ちぢみ」という名前のとおり、布自体に細かい形状の皺がある。越後では元々質の高い麻上布が織られていたが、17世紀に明石の国からやってきた武士が絹の明石縮の技法を用いて開発した。

優しく涼しい着心地は天然素材ならでは

涼しい着心地や肌ざわりは、高温多湿の日本の夏にはありがたい。今も上布や縮作りは昔と変わらず12月から3月にかけて、雪中で制作されている。エアコンなどの人工温度管理では天然素材は言う事をきかない。苧麻という素材そのものが生き物だ。

「空気中の湿度が合わないと切れてしまうし、機嫌をそこねてしまうんです」と織屋さんは言う。まさに雪の親あっての子、ということだ。

苧麻という草は、高温多湿な夏に旺盛に伸びる。木綿以前の日本では古く縄文の時代から衣服以外にも多く暮らしに役立つ繊維として用いられてきた植物である。今ではいたるところ雑草に混じって生えているのだが、『日本書紀』持統天皇7年(693年)条によれば、苧麻は天皇からの勅令で、民に栽培を奨励すべき草木の一つであった。

越後上布、小千谷縮のみならず、能登上布、近江上布、奈良晒、宮古上布、八重山上布など、古代から布といえば、すなわち苧麻で作られたものが主流であった。越後では、その歴史は1200年にも及ぶと言われている。正倉院には、奈良時代に越後産の庸布が保管され、中世には「越布」として京都の公家への贈答として喜ばれたと「吾妻鏡」には記されている。

また、戦国大名上杉謙信が苧麻栽培を結局敵に奨励し、京都へ献上、販売しその品質の高さが都で評価され莫大な利益をあげたという。汗に強く、鎧兜の裏地や、陣幕には矢を通さないとして重宝された。現在の日本唯一の苧麻産地である福島県の昭和村も上杉氏と縁が深い土地である。