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きれいな街の理由

競うことが“きれい” の始まり!?

日本の公衆トイレを快適にしたトイレ協会の試み

写真/管 洋介

徒歩でも電車でも車でも、日本中どこへ行こうと、立ち寄った先で必ず出会う清潔なトイレ。

当たり前すぎて、それがどれほど贅沢なことか忘れてしまいがちだが、実は、いまだに世界中の主要都市が羨ましく思うほど贅沢なことなのだ。だがほんの20 年前までは、日本のトイレ事情も今とは全く違っていた。

一体どうやってこれほど短期間に、悪臭に満ちたトイレをホテル並みの〝玉座〟に変えられたのだろう? この〝奇跡〟の実現に立ち上がったのは、ほんの一握りの人々だった。わずかな努力で世界は変えられる、ということを証明した人のひとりが、日本トイレ協会会長の平田純一氏である。

JQR: トイレ協会はどのような背景で設立されたのですか?

平田: 終戦後の1945 年当時、下水道が60%以上普及していたヨーロッパとは違い、日本は文字通りにゼロからのスタートでした。いくら必要だと分かっていても、下水道を数年で張りめぐらすことなど不可能です。1964 年のオリンピックや1970 年の万国博など、国際的なイベントが下水道普及の大きな起爆剤となりました。

しかし当時は、臭いのことなどあまり気にしていられませんでした。設置されたトイレは主に和式トイレで、中には単に穴をあけただけで、直に汚物が見えるトイレもあったのです。そんな公共の場所をもっと気持ちの良い、人々が〝集まる〟場所に変えるには何が必要か。そのための知恵を出し合おうと、小さなグループができました。1985年のことです。それが日本のトイレ協会の始まりです。

JQR: 最初にどんな活動をしたのですか?

平田: 簡単なことですが、日本中の地方自治体を対象に、最も優れた公衆トイレを選ぶ年一回のコンテストを実施しました。上位10 カ所のトイレを表彰し、広くメディアで取り上げてもらうことで、少しずつですが公園や駅など、公共の場を管理する人々がトイレを自分たちの問題として捉え、長い間疎かにしていた場所にも多くの関心と努力を払うようになりました。

JQR: それには管理費も人件費も余計に必要になりますね。清潔な公衆トイレへの〝投資〟をどうやって説得したのですか?

平田: まずベストトイレ賞によって、良いトイレを備えた施設ほど多くの人が集まると気付いた自治体同士が、互いに競い合うようになりました。その動きが全国へと広がり、公衆トイレを清潔で快適に保つことの重要性を誰もが意識するようになったのです。何年もかけて、私たちはトイレに関する正確なデータを蓄積しました。トイレットペーパーの長さから使用時間まで、トイレに関するありとあらゆるデータです。この種のデータを持っている国もいくつかありますが公開していません。トイレの話は今でもタブーだからです。

日本では、トイレというのは比較的新しい社会事象で、しかも汲み取り式から和式へ、さらに洋式へと短期間にスタイルが変化したので、この伝統的に〝汚い〟テーマにもオープンに取り組み易かったのですね。

今では、トイレを話題にすることは恥ずかしいことではありません。食事中でさえ、テレビにトイレが登場します。〝アレルギー〟はすっかり消えました。

多くのデータを集めたおかげで2つのことが分かりました。第一に、人は誰でもその場所が元々きれいなら、使用後もきれいなままにしておこうとする傾向があります。残念ながら、その逆もまた然りですが。 第二に、良いトイレのある施設には大勢の人が集まり、施設自体の評価も高まるということです。

JQR: 近年のトイレは感動的なレベルに達しています。特に、パーキングエリアや駅は素晴らしい!

平田: はい、その通りです。新しく建設された高速道はパーキングエリアも新しく、最新式の公衆トイレを備えています。

JQR: まるでホテルのようなトイレもありますね!

平田: 当協会のメンバーも2 人、基本デザインの開発に参加しています。

JQR: コンサルタントとしても活動していらっしゃるのですね。

平田: はい。協会にはデータベースと経験の蓄積がありますから、会員は全員ボランティアですが、しばしば討論会に招かれたり、新しいプロジェクトの相談を受けたりします。

JQR: 次に取り組む課題は?

平田: 日本は天災の多い国ですが、昨年あらためて自然の猛威を思い知らされました。そこで今、非常用トイレの問題解決に取り組んでいます。大勢の被災者や帰宅困難者が路上に取り残され、すべてが遮断されてしまった場合の対策が必要です。

1933年生まれの平田純一氏は、TOTO株式会社の元専務取締役で現顧問。同社では長年研究開発とマーケティングに従事。2009年から日本トイレ協会会長として活動の先頭に立つ。優秀なトイレデザインを表彰する賞を創設した。トイレに関する著書多数。