旅行作家 山口由美さんに聞いた – 日本のいい宿、いいホテル[第1回] – 萬翠楼 福住

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Q.歴史が感じられる、風情ある旅館に泊まりたいのですが。(編集部)

ラグジュアリーなホテルもいいけれど、いまの気分は“和”なんです。“和風”ではなくて、本物の“和”。それも新築ピカピカではなくて、たとえて 言うなら、“着物姿に日傘をさしたオシャレなおばあちゃん”のような・・・。肌でも舌でも頭でも日本の良さをたっぷりと味わえる、そんなお勧めの旅館があったら教えてください。

A.それなら萬翠楼福住(ばんすいろう ふくずみ)がお勧めです。(山口)

ここの魅力はなんといっても重要文化財である建物に泊まれること。これは本当にめずらしいんです。敷地内の源泉から噴き出すお湯もすごくいいから、建築と温泉が好きな人には絶好ね。

 

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旧館が建てられた明治初期、小田原の建具職人は日本でも最高水準の技術を誇っていた。部屋ごとに異なる、バリエーション豊かな障子の格子。直線と曲線、和と洋が心地よく共存し、至るところで美しいハーモニーを奏でている。 ロビーから眺める金泉楼への入り口。美しい大谷石のアーチに、重々しい鉄製の防火扉の組み合わせが目を引く。

 

旅人や湯治客が贔屓にした湯宿は1625年の創業

「歴史」とひと口に言っても、その意味合いはさまざまだろう。“長い年月そこにある”という“古い”とほぼ同義語の歴史。あるいは、その年月のなかに、人の思いがたくさん詰まったぬくもりのある歴史・・・・。今回、旅行作家の山口由美さんが勧めてくださった箱根湯本の『萬翠楼 福住』(ばんすいろう ふくずみ)は、もちろん後者。1625年創業の宿は、にぎやかな箱根湯本駅前からほど近い“湯場”と呼ばれるエリアに、ひっそりと佇んでいた。

「福住の歴史は奥が深い。と同時に、日本という国の歴史にも重なります。箱根という土地が人々にここまで愛されるようになった理由を、福住ではそのお湯で、そして重要文化財である建物で、じかに感じることができますよ」。と山口さん。明治の初期に二度続いた火災で焼け落ちた建物を再建したのが、10代目主人の福住正兄(まさえ)。その教訓から、建物の入り口に重厚な鉄の扉が設えてある旧館〈萬翠楼〉と〈金泉楼〉は、国の重要文化財であり、〈神奈川の建築100選〉にも選ばれている。旧新橋停車場に想を得た外観に、建物内部のディテールは決して華美ではないが、ひとつひとつを詳細に眺めると、職人たちが持ちうる技を存分に発揮し、丹念に仕上げたことがわかる。伝統的な日本建築に西洋の意匠を取り入れた建物に、不思議な安らぎを覚えた。

 

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外光が、障子を通して室内を柔らかく照らす。その光に浮き上がる畳と襖。シンプル極まりない室内は、このうえなく落ち着く空間。電気を消し、建造時の気分を味わうのもいい。

 

現在の16代目当主、福住治彦さんに聞くと、正兄は偉人で、有栖川宮熾仁親王には尊敬の念を込めて“福住老人”と呼ばれ、萬翠楼の名付け親でもある木戸孝允公には“先生”と慕われたという。新しいものが好きで学があり、福住を贔屓にしていた福沢諭吉も正兄との会話を楽しみにしていたそうだ。山口さんによると、「福沢諭吉が塔ノ沢まで湯めぐりに行く際、道の悪さに難儀して提言したのが道づくり。その呼びかけに応じ、いち早く新たな道づくりに取り組んだのも彼でした。それがのちに国道1号線になり、あの箱根駅伝の5区、6区になるわけです。そう考えると、正兄がいかに箱根にとって大事な人だったかわかりますよね」とのこと。言わば「箱根に文明開化をもたらした」人なのである。

源泉を数本所有しているため、掛け流しの湯は4世紀枯れることもなく湧き出ている。明治を感じる建物に泊まり、豊かで柔らかいお湯に包まれながら、美味しい料理に舌鼓を打つ。この宿の心地良さを、いったい何人の旅人たちが味わったのだろう。

 

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「朝まで足がポカポカしてたよ」と喜ばれるやさしいお湯は、“真綿”にもたとえられる。〈扇の湯〉にも露天風呂を新設。 鹿鳴館を思わせるような、客室へと続く螺旋階段。

 

箱根湯本温泉 萬翠楼 福住(ばんすいろう ふくずみ)
住所:神奈川県足柄下郡箱根町湯本 643
TEL:0120-292301
料金:1泊2食1名¥18900〜(税別・サ込) in 15:00 out 11:00
アクセス:箱根湯本駅より徒歩5分
http://www.2923.co.jp/

 

山口由美(やまぐちゆみ)
旅行作家。著書に『帝国ホテル・ライト館の謎』(集英社新書)、『消えた宿泊名簿~ホテルが語る戦争の記憶』(新潮社)、『旅の窓から』(千早書房)、ほか。

 

写真/飯田裕子 文/清野 綾

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