長寿の時代と日本の名医

早期発見で肺がんを克服
PDTの成果と期待

加藤治文(呼吸器外科医)
新座志木中央総合病院

今回のテーマ:中心型肺がん治療

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PROFILE

加藤治文(かとう はるぶみ)

国際医療福祉大学大学院教授、東京医科大学名誉教授、新座志木中央総合病院名誉院長。
1942年生まれ。1969年東京医科大学卒業後、1974年からスウェーデンのカロリンスカ研究所に留学。1988年東京医科大学助教授、1990年同主任教授。1991年東京医科大学病院副院長・副学長を経て、2008年より現職。国際肺癌学会会長、日本肺癌学会総会会長、国際光線力学学会会長、国際細胞学会会長等を歴任。

早期の肺がんを内視鏡を使い、痛みもなく、わずか30分で治してしまう治療法があることをご存知だろうか? その名は「光線力学的治療(PDT)」。この最も低侵襲(身体的負担がない)で安価ながんの治療法を開発したのが加藤治文医師だ。70歳を過ぎた現在も、最善の早期診断・早期治療を極めるため、その最先端を歩んでいる。

取材・文/JQR Medical編集部 撮影/内藤サトル

「もうすぐ治療を始めます。麻酔薬をスプレーしますね」
 手術室の入り口で腰掛けている患者に声をかけると、担当医はその喉に局所麻酔薬であるキシロカインスプレーを複数回、噴霧した。食道や胃の内視鏡検査の際に吹きかける、ごくありふれた薬だ。
 これから始まるのは、60代男性の早期中心型肺がんに対するPDT(光線力学的治療)。同種の肺がんに対する治療としては最も低侵襲で、かつ効果が高いとされるレーザー治療法だ。

治療開始30分 肺がんは消えた

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 一般的にレーザー治療は、高出力のレーザーを照射して病巣を焼き切るというイメージがあるが、PDTで用いるレーザーの出力は弱く、病巣を焼くどころかレーザーに手をかざしてもほとんど熱さを感じない。
 患者は治療の4時間ほど前に腫瘍親和性光感受性物質の静脈注射を受けている。この物質はがん組織に集中して取り込まれる性質があるため、レーザーを照射すると正常組織にはダメージを与えず、がんだけを選択し、壊死させるができる。
 PDTの開発者である加藤医師が見守る中、マウスピースを装着した患者の口元から直径5ミリ程度の気管支鏡(内視鏡)がするすると挿入されていく。先端のカメラはたちまち患部に到達した。モニターに映し出されたがんの部位は、光感受性物質が集まり赤く光って見える。
 「照射開始」の声を受け、赤色のレーザー光線が照射され、モニター画面は眩しい光で満たされた。ピーピーピーという照射音が静かに鳴り響く。
「もっと正面からあてて」「12時の方を向けて」と、加藤医師は随時指示を出す。照射しては患部を確認し、光を当てる角度の調整を繰り返して再び照射・・・・・・。繰り返すこと20分足らずで治療は終了した。
「ね、簡単でしょ。もうがんは消えてなくなりましたよ」
 加藤医師は、にっこりと患者に笑いかけた。

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2015年10月、新座志木中央総合病院で行われたPDTの様子。患者は自分の足で歩いて手術室に入った。治療用のレーザー装置以外は、通常の気管支鏡検査と変わらない。レーザーの照射中も、患者は痛みも熱さも感じないという。ふと見ると、治療を指揮する加藤治文医師は患者の手を取り、励ますように握っていた。モニターを見つめる目は厳しいが、患者へ向ける視線は優しい。開始から30分、治療は順調に完了した。

PDT治療でがんが消滅

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写真左は、早期中心型肺がんの様子。中央の塊が肺がん(扁平上皮がん)である。写真右は、PDT治療後の様子。肺がんはきれいに消滅している。

治療適応は中心型肺がん限定

2015年、日本における肺がんの罹患率は、大腸がんに抜かれ2位になったが、死亡者数では相変わらずがん死のトップに君臨し、年間およそ8万人もの命が失われている。
 肺がんの種類は大まかに、太い気管支にできる中心型肺がんと、肺胞に近い部位にできる末梢型肺がんに分けられる。「中心型肺がん」は、心臓に隠れているため胸部レントゲンでは見つかりにくく、血痰をきっかけとする喀痰細胞診や、肺炎などの症状が起きて初めて発見されるケースが多い。一方、「末梢型肺がん」は無症状のことが多く、胸部レントゲンや胸部CTで発見されることが多い。
 また、肺がんを組織型で見ると、主に、腺がん、扁平上皮がん、小細胞がん、大細胞がんの4種類がある。単一の組織型からなる他のがんとは大きく異なるのだ。ちなみに中心型肺がんは、扁平上皮がん、小細胞がんが多く、末梢型肺がんでは、腺がんが多い。
 本稿のテーマである「PDT」が効くのは、早期の中心型肺がんに対してである。

重症の肺気腫患者 生きる選択肢はPDTだけ

 冒頭の男性は5年前、重度の肺気腫で神奈川県内の呼吸器科を受診して肺がんが見つかった。肺気腫はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)とも呼ばれ、さまざまな要因から肺機能が低下して呼吸困難になる病気だ。喫煙経験のある高齢者に多い。診断の結果、両方の肺の9割近くが壊れていたため、早期の肺がんであっても切除手術は不適応。同様の理由で肺に負担をかける放射線治療も、身体をいじめる抗がん剤治療もできないと判断した主治医は、「患者を救える唯一の治療法」として加藤医師にPDTを依頼したのである。その結果は上々。患者は定期検診でまたも早期肺がんが見つかったが、それは1個だけ。前回治したところは完全に治っており、今回の治療は30分足らずで終わってしまった。
 「肺がんが30分で治る!? しかも局所麻酔治療で出血もなく、術後はすぐに自分の足でスタスタ歩いて退院も可能」とは・・・・・・。呆気なさすぎて、拍子抜けしてしまうではないか。

PDT方法[図解]

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①治療開始のおよそ4時間前に、腫瘍親和性光感受性物質(しゅようしんわせいひかりかんじゅせいぶっしつ)という薬の静脈注射を行う。②のどにキシロカインスプレーを使って局所麻酔した後、気管支鏡を気管支に挿入。③気管支鏡を介して赤色レーザー光線をがんの部位に照射し、がんを選択的に消滅させる。治療時間は平均30分程度。

1を切除するために捨てる100万を温存したい

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東京医大で教授を務めていた2003年には臨床プロテオームセンターを開所。ノーベル医学賞受賞者・田中耕一氏(前列中央)の協力も得た。プロテオームは、タンパク質を網羅的に調べる研究法。タンパク質の特性の異常は多くの疾患の発生や進展に関わっている。

 加藤医師は、日本が世界に誇る肺がん治療の第一人者である。「スーパードクター」とも「神の手」とも称賛され、手掛けた肺がん治療は10000件以上。かつて在籍した東京医科大学病院は、肺がん治療において首都圏トップクラスの高い治療実績で知られる。加藤医師の名を世界に知らしめたのはPDTの開発だ。85%という驚異的な治癒率を誇るPDTは、早期肺がんに対する標準的治療のひとつとなって世界に普及した。
 そのPDT誕生のきっかけはいかなるものだったのか——。
 1970年代半ば、スウェーデンのカロリンスカ研究所に留学し「肺がんの発癌過程とDNA分析の研究」を終えて帰国した加藤医師は、母校である東京医科大学に戻り、研究成果を肺がんの早期発見と早期局在診断(どこにあるのかを診断する)に応用すべく努めた。1976年には日本で初めて肺の上皮内がんを早期発見し、手術を行うことにも成功。
「ところが私としては、そこから大いなる矛盾に直面してしまった。早期の上皮内がんは手術すれば100%治りますが、肺の3分の2を取らなければならない。上皮内がんの大きさを1とすると、命の代償として切除しなければならない正常な部分の体積は100万にもなります。それは、あまりにもおかしいと思ったわけです。なんとか機能を温存して治すことが出来る、他の方法を開発したいと考えるようになりました」

子どもの頃は好奇心旺盛な発明家

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加藤医師の肺がん手術執刀風景。東京医大の原発性肺がん手術数は退任前年2007年には270例で、都内では国立がんセンターに次ぐ症例数にのぼった。

 加藤医師の実家は医者であったが、6人兄弟の5番目だったため「好きにやれや」という環境で育ったと言う。幼い頃から好奇心旺盛で発明好きな面があり、なんと小学校6年生にして、決まった時間にラジオのスイッチが入るタイマーまで開発したという。好きなことにばかり伸び伸びと取り組んでいるうちに、国立大学の工学部受験には失敗したが、幼い頃から培われた魂は医師となり、矛盾や理不尽さに突き当たったところで開花した。
「PDTの最初の臨床例を報告したのは、米国の獣医師です。PDTは診断・治療の両面で可能性のある方法と考え、米国に渡った私は彼との共同研究に取り組みました。帰国後は、光学機器メーカーと連携して有用性と安全性を確認し、1980年に世界最初の内視鏡を使ったPDTによる早期肺がんの治療を試み、完治を得ることができたのです」

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(上)2015年9月に開催されたIASLC「国際肺がん学会」で研究発表する加藤医師。(下)国際細胞学会ゴールドブラット賞等、数々の賞を受賞している。

中心型肺がんが増える中国はPDTの時代へ

「PDT治療は、あらゆる治療法の中で最も安くて効果があります。保険も適用されますからね。昨今注目されている免疫療法の薬代は1ヵ月150〜200万円。患者さんひとり当たり年間2000万円はかかる。PDTは高く見積もっても100万円台、しかも1回の治療で済みます。唯一の合併症は、光感受性物質による光過敏症のため日焼けしやすくなるぐらい。PDT治療後、1〜2週間は、直射日光が当たるのを避けなくてはなりません。ただし、室内での生活にはまったく問題はなく、欧米では外来で治療を行っています」
 加藤医師は力説するが、悔しいことに日本国内では現在、PDTの恩恵を受けている患者は年間わずか100〜200人程度しかいない。肺がん罹患数は年間13万3500人あまり。その中で中心型肺がんに分類される患者の数は10〜30%。単純計算では、少なくとも1万人以上の患者がPDTによって完治していて、いいはずである。
 これには以下のような理由がある。
1.現状、肺がんの早期発見が難しい(肺がん検診の受診者が少ない)
2.啓蒙活動が不足している(PDTの存在そのものを知っている人が限られている)
「さらに、肺がんの中でも最も多い、腺がんの治療ができないのも問題かもしれません。喫煙が最大の要因である中心型肺がんと違って、禁煙が進んでいる日本で増えているのは喫煙との因果関係が薄い腺がんですからね。日本ではPDTは普及しづらいのです。でも、世界的に見れば、喫煙人口や大気汚染の影響で中心型肺がんに罹る方の数は膨大です。世界の国々でPDTを必要とするのは、これからではないでしょうか」

がんの兆候を察知する世界初の発見再び

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医師として大切にしているのは、「春風を以って人に接し、秋霜を以って自ら慎む」姿勢。肺がん研究の道を一歩一歩、歩み続けている。

 加藤医師は御年73歳。すでに第一線を退いても不思議はないが、今なお研究者として世界をリードしている。
 これまでもPDT治療の開発・普及とともに、肺がんの早期発見・診断のためのツールの考案に多大な貢献を果たしてきた。たとえば肺がんの早期発見に有効な喀痰細胞診断が郵送で行える検査キット「東京医大式チューブ」も加藤医師のアイデアだ。
 そしてこの9月には、米国で開催された「国際肺がん学会」に参加し、新たな発見で世界を驚かせた。
「CT検査で発見できる『すりガラス状の陰影(GGO)』のほとんどは、早期がんとみなしてよく、この段階で治療すればだいたい完治します。GGOにはいくつかのパターンがあるため、我々の研究チームでは、どのパターンのGGOにPDTが有効かを調べるために、内視鏡下で切除したGGOとその周辺のサンプルのタンパク解析を行ったのです。
 すると驚いたことに、GGOと思われる組織の周囲は、顕微鏡で見る限りまったく正常であるにもかかわらず、タンパクはすでに異常を来していました。そこで我々は、がんが発生する際には、まず前段階としてタンパクの異常が起こるのではないかと仮説を立てた。これが事実であれば、がんの発生や転移の予測が容易につき、かつてないほど早期での治療も行えるようになるだろう。そう話したら、大変注目されました。創薬への応用の可能性も広がる発見ですしね」
 もっか加藤医師は、このタンパク解析の研究の他、これまでは治せないとされていた腺がんをPDTで治療する方法の開発など、精力的な活動を続けている。
「PDTは肺がん以外にも、早期の食道がん・胃がん・子宮頸がんに対して効果があり、保険適応されています。今後、肺がん検診が広がり、同時にひとつひとつの課題がクリアされていくなかで、ますます重要な役割を果たしていくと確信しています。本当は母校の後輩とかに任せたいところだけど、患者さんのためにも僕はまだまだ頑張らないといけない」
 医療の進歩は、平均寿命を100年に延ばすかもしれないと加藤医師は笑う。だとすれば有余はまだ30年。世界はまだまだ加藤医師を必要としている。

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