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JQR INTERVIEW – クロード・ガニオン監督

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最大の衝撃はフクシマの原発事故

 今日の日本があの頃と違っていることは確かだが、この違いはごく表面的だと私は思う。見た目は劇的に変化しているが、よく観察すると、それほどの変化とは思えない。若者の間でさえ、例の集団行動の掟のようなものがいまだに見られ、驚かされることがしばしばだ。安心できる行動パターンなのだろう。他国より優れた国があるなど、私は信じない。だが、地球の住民は誰でも少なくとも一年間を、どの国でも構わないが外国で暮らすべきだ、これが私の日ごろの主張である。大切なのは、違う何かを発見することだ。そう考える私にとって、日本には好ましいと思えることがたくさんあるし、好ましくないと思うこともたくさんある。

 日本社会は、個人にとって非常に窮屈だと思う。個人の側も、そうした壁を打破する準備が出てきていない。私を大いに悲しませていること、これまでの日本生活の中で私を最も打ちのめした最大の衝撃、それは福島の原発事故だ。まずは、国民にいい加減なことを言っている嘘つきの政治家たちに大いに失望させられた。これは私にとって大きな悲しみだ。その一方、国民の反応も鈍い。外国では、誰かが世間を瞞着すれば、人々は大いに反発する。民主主義は政府を変えるためにあるのだ。

 私は普段、政治とかかわりを持たないが、堂々と原発推進を唱える政治家が連続当選するのには失望を覚えた。新たな原発が建設されるのであれば、私は日本を去る。これは確かだ。原発から遠く離れた沖縄に住んでいるとしても、これには納得できない。抗議に立ち上がる覇気を一般の人々が欠いていることに私は憤懣やるかたない。“お上”は人々をどのようにコントロールするか心得ているし、東電はすべてのテレビ局に影響力を行使し、あちらこちらに金をばら撒いている。人々には「金なんてどうでもいい、さあ、突撃だ!」と言う勇気が無いのだ。日本は本当には変わっていない、と私が述べる真意はそこにある。

日本的なパラドックスはとても刺激的

 ただ、私は闇雲に日本を否定したくはない。日本はパラドックスに富んだ国でもあり、この点は非常に刺激的だからだ。ナンセンスと思われることにしばしばぶつかるが、ナンセンスも取り巻く環境が整うと突然、意味を持つようになる。初来日した外国人に私が「ちょっと待った、決めつけてはいけないよ」と口癖のように言っている理由もそこにある。自分が知らない文化を軽々しく評価してはならない。6か月のはずだった私の日本滞在が何年も延びたのは、刺激を受けては発見する、というプロセスが繰り返されたからだ。

私はいつも、自分が「ミラーシネマ(鏡の映画)」と呼んでいる映画を作っている。評価を下すことなく、社会の姿を映し出す映画だ。私がお見せするものが一つの現実に即しているか否か、その現実を好ましく思うか否かを判断するのはあなた方だ。私の映画はすべて、こうした問いかけを主軸としている。私は、自分は何者なのだろう、自分は今なぜこんなことをしているのだろう、と自問しながら人生を過ごしてきた。また、私は人間の弱さに特にひかれる。強い人間だろうと、誰もが弱点を持っている。私は弱い人間より強い人間に関心を抱く。しかし、強い人間のどこに関心があるかと言えば、彼らの弱さだ。あのような人たちがぐらつき、失敗し、打ちのめされる理由が知りたい。日本社会で生きることで、私は常に自分は何者なのかを自問し、自分の人生や自分の行動を顧みることが出来ている。

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