石井竜也

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3.11を経て生まれた曲がアルバムに それでも明日に向かって!

米米CLUB からソロでの音楽活動、映画監督から空間プロデュース、アート作成など、絶え間なく作品を生み出している石井竜也。このたびリリースするのは、震災以降に作った楽曲を含むミニアルバム。美しい曲に込められた思いを聞いた。

 

ーーアルバムに入っている“つよくいきよう”は、大勢の歌声が重層的に響くのが印象的です。1万を超える人たちの声を重ねているそうですね。

石井 最終的にそんな人数になるなんてびっくりでした。昨年3月の震災以降、僕もそうでしたがみんなも何かをしたがっていると感じていました。歌うことであれば誰もができると思ったので、コンサートの前に曲を配信し、みんなで歌おうと。それが5月のことですね。みんなですがるような気持ちで歌っていたのを思い出します。

ーーあちらこちらで“頑張れ日本”と言われていました。

石井 そうですね、みんな頑張りすぎるぐらい頑張っている。なので、むしろ一人で口ずさめるような言葉を探しました。一人になってどっと疲れた時にも、“強くなんなきゃな”とか“強く生きよう”みたいに呟けるように。

ーー歌詞のクレジットが“日本”になっている理由は?

石井 みんなで作った感覚を大切にしたかった。そのように表記されていると、日本人であることが誇らしいというか、元気が出ると思ったので。

ーー故郷の北茨城にある母校を訪れ、生徒と一緒に作った曲もあります。

石井 “世界の絆~命にありがとう~”は、33人の子供たちと作りました。子供たちの心の傷は深く、5~6時間かけて一人ひとりと話しました。親も教師も当時の話はしません。傷を広げる怖れがあるためです。でも、言わないのは逆効果だと思い、順を追って当時の話を聞きました。子供たちは、そこで初めて涙を浮かべるわけです。周りに気を遣って何も言えなかったんですね。なぜかって、被災の度合いが友だち同士、それぞれ違うから。家が全壊した人もいれば、家族が流された人もいる。

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