地元の老舗肉屋が語る極上の理由

手間を惜しまず育てる風土が
美味しい松阪牛を生み出した

和牛は今や世界的に認められる食材。
中でも「松阪牛」は霜降りできめ細かな肉質と、甘く融点が低い脂が魅力だと言う。
その美味しさの理由や味わい方について、精肉店「丸中本店」の中村社長に話をうかがった。

写真・塩川真悟、取材・文/中井シノブ

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店内が客であふれることもあるが、キビキビした接客と連携で次々と対応していく「丸中本店」のスタッフ。気軽に調理や食べ方の相談にものってくれる。

(左)特産松阪牛の特徴は、柔らかな肉ときめ細かなサシ。但し、脂の融点が低いため、冷蔵庫から出すとわずかな時間で脂が流れ出し、赤と白のコントラストが際立つ写真にはならない。肉質を見極める上で難しいところ。 (右)松阪牛は、山間の自然が残るのどかな場所で育つ。澄んだ空気、清らかな水も、美味しい肉牛を育てるために欠かせない。松阪は、その条件を満たす恰好の場所だ。

(左)特産松阪牛の特徴は、柔らかな肉ときめ細かなサシ。但し、脂の融点が低いため、冷蔵庫から出すとわずかな時間で脂が流れ出し、赤と白のコントラストが際立つ写真にはならない。肉質を見極める上で難しいところ。
(右)松阪牛は、山間の自然が残るのどかな場所で育つ。澄んだ空気、清らかな水も、美味しい肉牛を育てるために欠かせない。松阪は、その条件を満たす恰好の場所だ。

奈良県に隣接する山側から、伊勢湾に面する海側までの平地に広がる松阪市。江戸時代には紀州藩に属し、伊勢商人を輩出するなど商業町でもあった。そうした地理的な背景から、松阪は古くから海の幸、山の幸に恵まれた都市として発達。明治になると退役した農耕用の牛を販売するようになり、今では食用の牛を育てる名産地となっている。
 松阪牛が一躍その名を広めるきっかけになったのは、昭和10年に東京で開かれた『全国肉用牛畜産博覧会』での名誉賞の受賞である。以来ブランド和牛の筆頭として、味と品質を守り続けてきた。
「食用牛の飼育が始まって以来、松阪では家族経営の小規模農家が牛を育ててきました。牛舎に多数の牛を詰め込まないので飼育数は少なく、すべての牛の状態を見ながら、大切に育ててきたんです」

 飼料にこだわり牛舎を清潔に保つなど、牛のストレスを軽減して育てた結果、肉質のいい牛が育つようになったと、中村社長。戦後はビールを飲ませ、焼酎を体に塗り、散歩に連れ出すなど、さまざまな試みが行われ、より高い肉質を産み出した。
 では、「日本三大和牛」のひとつとして人気を極める「松阪牛」の味は、他の和牛と比べどこが違うのだろうか?
「とにかく脂が甘いんです。融点が低くすぐに溶けて流れる。そのうえ肉質もきめ細かくて柔らかい」
 その言葉の通り、食べるとまず肉の旨味が、そして噛むほどに上質な牛肉特有のいい香りが広がる。飲み込んだ後も、脂の甘味と肉の風味が軽やかにすっと溶けるため、後味もさわやかだ。

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丸中本店 中村 太社長

美味しさを味わってほしいから新鮮な肉を並べたい

「松阪牛」が本来もつ味を大切にしたいと、丸中本店でも先代の時代に専用牧場と契約し、麦わらやふすま、とうもろこしなどを飼料に、山間から流れ湧き出す美味しい水を与えて育てている。よりよい肉を安く販売するためにも、自家農場が必要だと話す。
 その農場では、兵庫県産のメスの子牛を900日以上育てた「特産松阪牛」と、全国から厳選したメスの子牛を600日以上育てた「松阪牛」を生産している。店頭には、「松阪牛」のA5、A4ランクの肉を主に、黒毛和種のメスの肉や総菜などを販売する。

写真左は肉の加工全般を担当する専務取締役の中村元さん。中央が中村社長、右は事務を取り仕切る社長夫人の中村智代さん。風格ある看板からも、丸中本店の歴史が感じられる。

丸中本店の創業は昭和23年。松阪の牛肉専門店「和田金」に勤めていた初代が、「上質の肉をできるだけ安く、多くの人に食べてもらいたい」という志のもと、戦後に独立して店を開いたそうだ。3代目にあたる中村社長は、そんな祖父や父の姿を見て育った。何とも贅沢な話だが、物心がつく頃から「松阪牛」を食べていたため、その味には人一倍敏感だ。だが、「家を継ぐ」という想いはなかなか湧いてこなかったと言う。大学を卒業して企業に勤めたのも、自分は「精肉店のおやじになれるのか?」という不安があったから。

実家に戻ろうと決心したのは、父の病がきっかけだった。体調が悪くなった父を助けたいと会社を辞め、店を手伝うようになったのは30歳の時。今では誰よりも松阪牛贔屓だと笑う。
 店頭のスタッフは客の質問にも気軽に応え、料理に合う部位や調理法を伝授する。バックヤードでは熟練の職人たちが、素早く肉をカットし店頭へ並べる。「松阪肉」をより美味しく食べてほしいという中村社長の思いが、活気ある店の雰囲気に映し出されているようだ。

注文を受けてから揚げるコロッケ。1個86円。上コロッケは108円。

ネットショップでも購入できる丸中松阪牛カレーは1080円。
松阪牛がたっぷり入っている。

高ければ美味しいというわけではない
より料理に合った肉を知ることが大切

ある日の午後も、丸中本店にはひっきりなしに客が訪れていた。松阪牛をキロ買いする豪儀な客もいれば、コロッケやメンチカツなど揚げたての総菜を夕飯の一品に買って行く客もいる。コロッケは、なんと1日に2000個も売れるそうだ。
「コロッケやミンチカツなどにも、松阪牛の小間切れを使っているので美味しいですよ。コロッケでも、口に入れると濃い肉の風味が広がります」
 その言葉に我慢できなくなり、そのコロッケを買って頬張った。確かに違う。じゃがいものなめらかさや甘味はあるが、それよりも、ドーンと肉の香りが主張して突き抜け、噛んでいると肉の旨味がじわじわとわいてくる。こんな肉々しいコロッケは食べたことがない。このコロッケが1個86円とは……。10個、20個と買っていく人がいるのも納得だ。
「100g3000円のシャトーブリアンは、確かに特別な味わいがします。だけどそんな肉を毎日食べるのは無理でしょう。上等なお肉はハレの日だけでいいんです。普段は、バラ肉を焼き肉に、ひき肉でハンバーグをつくればいい。バラ肉やひき肉も松阪牛なら確実に美味しくなりますから。その美味しさを知ることが、上質を知ることにつながります」

 では実際に、どんな部位がどんな料理に適しているのだろうか? 中村社長が解説する。
「ロースやリブロ―スはすき焼きやしゃぶしゃぶに。しゃぶしゃぶにすればより脂が落ちるから、脂が苦手という人も大丈夫。フィレ肉やサーロインはステーキや網焼きで。ステーキにするなら少量ではなく、大きな塊がいい。表面に焼き色をつけたら、アルミホイルに包んでバットなどで休ませ、じっくりと中に熱を入れる。肉汁が流れでず、しっとりとやわらかで、ジューシーなステーキが焼き上がります。塩だけでも美味しいですが、山葵をつけてさっぱりと味わうのもおすすめです。もも肉など赤身はローストビーフに。スジ肉は煮込みにホルモンは焼き肉にして味わってほしいですね」
 BSE、口蹄疫の騒動があったときには客が全然来ず、苦労したという。TPPなど、将来への不安もある。それでも「松阪牛」というブランド牛を次代へ繫いでいくことが大切だと話す中村社長。その想いが、日本の豊かで個性的な食生活を支えていくのだ。

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