ふたり合わせて 優勝8回!
肥育農家のレジェンド[久保巳吉さん・栃木治郎さん]

ふたりに聞いた牛のこと

松阪市飯南町深野地区は、松阪牛の発祥の地として知られる山村である。
その地で長年松阪牛を育ててきた名人の、立派な牛の育て方。

構成/JQR編集部 写真/塩川真悟

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久保巳吉さん
(くぼみきち)

深野地区最年長の現役肥育農家。86歳。松阪肉牛共進会で一席5回を獲得。

牛が病気の時は心配で一緒に寝たことも

JQR(以下J):子牛を選ぶときのコツはありますか?
久保巳吉(以下久保):柔らかい子牛。皮膚の柔らかいの。カチカチの牛は、いい牛には育ちません。
:子牛の時から違うのですね。
久保:体型も大事です。背中の通りとか足の踏ん張り具合。猫背だと肉が乗りません。あと、肘は真っ直ぐ。そうした子牛を選びます。飼い始めの頃は腹を大きくするように、飼料をようけやります。そうせんと3年持ちません。特産松阪牛は900日飼わないかんから、まず胃袋を大きくするように心がけます。
:どんな飼料ですか?
久保:あまりうまいものはやりません。藁や牧草ですね。
:藁は煮ますか?
久保:昔は煮て食わしよったけど、今はそのままですな。飼料の与え方はその人その人によって違います。藁を長く切ってやる人もいるし。短く切れば量を食いますね。
:煮ても煮なくても、育ちは変わらないと。
久保:変わりません。育ってきたら麦やトウモロコシを蒸して圧ぺんにして与えます。
:共進会で一席を獲る育て方ってあるのですか?
久保:方法は分かりませんけどな。とにかく、よう食べる牛を当てたらいいですよ。体型のいい牛を買ってきて。餌を3年間衰えずに、平均2Kgを食べてくれる牛ならいいですわ。けれども食い止まりが来るとあきまへんけどな。
:食い止まりになった時はどうするのですか?
久保:まずビタミンを与えますね。ビタミンが欠乏すると来ますから。

:ビールも飲ませる?
久保:ビールは食欲増進に。餌さえ食っていればやりません。
:牛を育てるのは楽しいですか?
久保:楽しい。はよ起きてな。暇さえあれば、牛舎から出して牛を暖かなところに連れて行きブラッシングします。美しく太ると嬉しいですよ。餌を残すと、なして今日は食わないのかなと、ほこほこ考えることもあります。
:育てた牛が品評会で一席を獲ると嬉しいですよね。愛情も湧いてくる?
久保:そうですね。毎日の生活に張り合いが出てきます。生き物だから。品評会で優勝しますとね、それから12月20日頃までの1ヵ月の間、飼うのが本当に心配ですわ。餌をやらん訳にはいかんし、やり過ぎると体調を壊したりして失敗する。そうなると悲しいですな。
:大きな体してますけど。
久保:デリケートですな。厩変わったりすると餌食いません。
:長い間牛を肥育されてきましたね。振り返ってどうですか?
久保:12の頃から70数年もやっているから。嫌いやったら朝早く起きられませんもんね。朝、餌を食べていると安心ですけど、残していると心配ですな。病気になった時はむしろを敷いて牛と一緒に寝たこともあります。好きだからやってこられたと思います。

暇さえあれば牛をブラッシングするという久保さん。牛と過ごす時間はこの上なく楽しいと話す。

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栃木治郎さん
(とちぎじろう)

深野地区の現役肥育農家。83歳。松阪肉牛共進会で一席を3回獲得。

目が行き届く頭数を大切に立派に育てる

JQR(以下J):理想の子牛は?
栃木治郎(以下栃木):背中が真っ直ぐで。ハリが良く、足もすらりときれいな子牛を選びます。
:骨格やスタイルですね。
栃木:あと腹ですね。腹の大きな牛はよく食べます。
:子牛選びに失敗したことはありますか?
栃木:この牛だと思って毎回買ってくる訳だけど、700日くらいでダウンしてしまったことも何度かありました。腹に脂がのってくると食べなくなる傾向がある。
:食べなくなった牛に食べさせる方法は?
栃木:無理に食べさせるにはリスクがあります。そのような時にはビールを飲ませたりして回復を待ちます。昨年も自分なりに良い出来の牛がいて9月に670Kgあったのでいけると思っていたのが、急に食べなくなって痩せてしまった。
:そうなると品評会で勝てる牛にはならない?

牛を散歩に連れ出す栃木さん。牛がストレスなく過ごせるように、牛舎を清潔に保つことは日課だ。

栃木:なりませんね。その牛の食欲は回復しなかったので、これでは10月24日の予選会にすら出せないと判断して、残念ですが売ることにしました。計ったら620Kgまで落ちていた。たったひと月で50Kgも痩せるんです。幸い肉質が良く、東京の百貨店が買ってくれました。
:長く育てるには大きなリスクがありますね。
栃木:兵庫産の牛には1日に5 Kgの餌を2.5Kgずつ2回に分けて与えます。特産松阪牛はその兵庫産の雌の子牛を900日飼わなければならない。一方、九州産の牛は1日に10〜12Kgも食べて、20ヵ月で750キロになります。
:牛も産地や雌雄によって育ちが違うのですね。飼料に特別なものはありますか?
栃木:餌はどこも同じだと思います。輸入飼料で藁だけは国産。輸入飼料は麦が一番です。
:食べないこと以外に心配なのは?
栃木:夏の暑い時です。一番牛が弱る季節。ハエもわきます。ガスが溜まらないように、牛舎を1日に1回欠かさず掃除します。あとは病気です。熱のある牛は顔を見て分かる。
:牛は巨体なので、近寄るにはちょっと怖い感じがします。
栃木:体は大きいけれども繊細です。子牛がここに来た当初は怖がるけど、3ヵ月も経つと人なつこくなります。犬と一緒で、歩くとどこまでもついてくる。可愛いですよ。
:松阪牛の高い評価をどう思っていますか?
栃木:ブランド品だと鼻高くしているだけではダメだと思いますね。他の県は松阪を追い越せ追い抜けって勉強を重ねているから。
:ご自分の目が届く範囲で飼うとしたら、何頭ぐらいまでですか?
栃木:30頭くらいまではいけるけど、それが限界です。牛のことをよく知っている人が毎日1回は見て回らないとダメですね。200頭飼っていた人がいましたが、それなら150頭にして、数が少なくても立派に育てた方がいいと思います。

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