見てうっとり! 値段にびっくり!! もちろん味は!!!

最高の和牛と言われる「松阪牛」
それは美しくも旨い肉の芸術品

日本には200以上のブランド牛があり、それぞれ品質を競っている。
中でも3大銘柄牛と呼ばれるのが「松阪牛」「神戸牛」「近江牛」である。
そのひとつ「松阪牛」は、肥育農家が数頭の規模で、手塩に掛けて育てたもの。
その魅力を紹介する。

構成/JQR編集部 写真/内藤サトル

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高級デパートとして知られる東京・伊勢丹新宿店。買い物客で賑わう地下1階の食品フロアには惣菜や弁当、乾物から和洋のスイーツ、そして日本各地から取り寄せられた名産や世界の珍味が並ぶ。生鮮食料品コーナーの一角を占める肉屋の冷蔵ケースは通路に沿って20m以上も続き、銘柄肉のラインナップを眺めながらそぞろ歩くと、「松阪牛」の看板を掲げた松阪牛の専門店に行き着く。ひとつのブランド肉に特化した肉屋は、私が知る限りここだけである。冷蔵ケースに鎮座する松阪牛の迫力あるサーロインの塊。その断面は鮮やかな赤身に細かなサシが散りばめられている。ランボソ、ミスジ、イチボ、ヒレと、美しく並んだ肉のラインナップ。まるで牛肉の美術館の趣だ。この店では松阪牛のA5ランクだけを扱い、しかも熟成させているため値段も驚くほど高い。ちなみに最高級のサーロインは100gで10800円(税込み)。それでも巨大な塊は日々目減りし、数日で更新される。
 「松阪牛」は別格のブランド牛である。三重県内の定められた地域で肥育した、出産を経験していないメスの黒毛和種であり、血統や出生、出荷、流通などの情報が「松阪牛個体識別管理システム」に登録されていることが「松阪牛」を名乗れる条件になる。「松阪牛」は日本人にとって憧れの肉であり、特別な祝い事がある時のご馳走なのだ。実は、この「松阪牛」には「特産」というもうひとつ別のカテゴリーが存在するのだが、そのことはあまり知られていない。

長期肥育した兵庫県生まれの「松阪牛」が「特産松阪牛」になる

牛の肥育農家は、一般的に子牛を仕入れてから600日程度育てて出荷する。ところが「特産松阪牛」はそれよりも10ヵ月ほど長く、900日以上育てなければならない。つまり十分太った牛を、生かしたまま熟成させると言う訳である。もちろん、肥育農家にとってはその期間は大きなリスクとなる。えさを食べなくなったりケガをしたり、時には脂肪が硬くなる脂肪壊死症などにかかる恐れもある。肥育農家はより体調の管理に気を配り、天気が良ければ牛舎から散歩に連れ出しブラッシングするなど、牛の世話に明け暮れる。このように一頭一頭をしっかり管理して育てるとなると、肥育農家一戸で数多くの牛は扱えない。
 条件にはもうひとつ「兵庫県産の子牛」があり、それらを満たして「特産松阪牛」が誕生する。その出荷数は、松阪牛全体のわずか4%ほど。年間で300頭足らずという希少な牛なのだ。
 そもそも松阪牛のルーツは、和歌山で調教された但馬産の子牛を家畜商が田畑を耕す役牛としてこの地域に連れてきたもので、かつては3~4年働いて引退した牛を、1年程度育てて肉牛として出荷していた。このようなストーリーがある故に、「松阪牛」は経済的効率とは無縁の道を歩んできたのである。

いずれも毛並みが良く立派な牛たち居並ぶ姿は壮観だ

審査会場に並ぶ牛たち。優劣を見極めるために、牛は何度も入れ替わる。長い待ち時間の間、手持ちぶさたの肥育農家は、この牛を育てた日々を思い出すのだろうか? 

松阪牛は深みのある赤身肉と溶けやすい上質な脂が特徴。

松阪牛個体識別管理システム

購入した松阪肉の詳細は「松阪牛個体識別管理システム」を利用して知ることができる。100

  1. まず「松阪牛シール」に記載されている10桁の数字を確認。
  2. 次に三重県松阪食肉公社のHPhttp://www.mie-msk.co.jpにアクセスして、「牛肉用個体識別番号検索」に数字を入力。
  3. 「個体情報」「農家情報」「と畜・出荷情報」が表示される。

待機場所に誂えた巨大なテントの下に、よく肥えた「特産松阪牛」が勢揃いした。どの牛の出来映えが良いか、まずは、肥育農家やセリに参加する業者の間での目利きが始まる。

審査員は総勢6名。1席と2席ではセリ値が1000万円以上も違う(66回の共進会では2600万円)。誰が見ても納得いく説明が求められるため、審査員は真剣に牛の品評を行う。

見事一席を射止めて満面の笑みを浮かべる北村幸成さん。ももみや号は今年(2016年)5月に開催されるG7伊勢志摩サミットにあやかり3310万円で競り落とされた。

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「松阪肉牛共進会」での優秀賞一席獲得は大きな名誉。表彰セレモニーから競りまで、大勢の観客が詰めかけ、セリ値が上がる毎に大きな拍手で祝っていた。

「松阪肉牛共進会」での優秀賞一席獲得は大きな名誉。表彰セレモニーから競りまで、大勢の観客が詰めかけ、セリ値が上がる毎に大きな拍手で祝っていた。

日本人が牛肉を食べるようになったのは明治になってからのこと。明治5年(1872年)に明治天皇が牛肉を食してから急速に広がり、その需要に応えるため、松阪は良質の牛の産地として牛を県外に出荷するようになった。
 現在、「松阪牛」は生産者団体である松阪牛協議会を始めとする複数の関係団体によってブランド管理され、販売の多くは松阪肉牛協会の会員店に支えられている。その店内には「協会員証」もしくは「松阪肉販売店指定証」が飾られ、冷蔵ケースに並ぶ肉の前には「松阪牛シール」が置かれている。このシールは肉の証明書になる。肉一片に至るまで管理する理由は、「松阪牛」と偽って廉価な肉を消費者に売りつけることを防ぐためである。
 その対策に三重県松阪食肉公社は2002年8月、国に先駆け松阪牛の個体識別管理システムを導入。肥育されている松阪牛に数字10桁を割り当て登録し、生産農家から、と畜、流通まで一元管理している。消費者はHPにアクセスし、「松阪牛シール」に記載されている数字を「松阪牛個体識別管理システム」に入力すると、牛の名前から生年月日、出生地、肥育場所、3代前までの牛の名前、加えて肥育農家と肥育日数まで知ることができる(左の囲み参照)。また、と畜日や出荷日、枝肉購買者の住所、電話番号も記載されているので、購入した肉の安全面でも安心できる仕組みだ(日本語のみの表示)。
 このように「松阪牛」のブランドが守られる理由は、何より美味しいからに他ならない。それは、
①きめの細かいサシ(霜降り)と柔らかな肉質 
②甘く深みのある上品な香り 
③脂肪の溶け出す温度が低く舌触りが良い 
からである。その美味しさを研究しているのが三重県畜産研究所だ。主幹研究員の三宅健雄さんによると、松阪牛の大きな特徴である口溶けの良さは、不飽和脂肪酸に由来するものだという。

美味しさの理由は不飽和脂肪酸とイノシン酸

「不飽和脂肪酸は融点が低く、それによって肉が柔らかくなり、脂の口溶けがよくなるのです」
 飼育がひと月延びるにつれて不飽和脂肪酸は約0.5%増え、そのため長期肥育する「特産松阪牛」の肉は特に柔らかくなると、三宅さんが解説する。その脂は冷蔵庫の中でしっかり冷やしても、耳たぶくらい柔らかく、常温では脂が透き通るほどだが、写真には白く写りづらいのが難点だ。
「特産松阪牛は、しっかり冷やしてから撮影しないと、霜降りが鮮やかな白に写りません。べとつくように写ってしまうのです」 
 また、和牛香も飼育が長くなるにつれて強くなり、甘みが増すという。その旨み成分にはアミノ酸やイノシン酸が欠かせないが、驚いたことに、「特産松阪牛」ではアミノ酸の数値は低く、一方、イノシン酸の数値が高い傾向にあると言う。
 研究は始まったばかり。データを集めている段階だが、近い将来、特産松阪牛のおいしさの秘密が科学的に証明されるだろう。

毎年11月に開催される、松阪牛の品評会「松阪肉牛共進会」。会場となる松阪農業公園ベルファームには松阪はもちろん、近隣の津や伊勢から大勢の観客が押し寄せる大きなイベントだ。昨年(第66回)の予選会にエントリーしたのは88頭。50頭が本選へと進んだ。肥育農家が3年近く育てた自慢の特産松阪牛の中から、厳正な審査を通じて、その年の女王が決まる。
 朝7時を回った頃から牛が続々と会場に到着し、待機場所となる巨大なテントに入っていく。いずれも体重650キロ前後。立派な角を持ついかつい顔の巨体は、近寄るには躊躇する迫力だが、その瞳はつぶらで優しい。牛は見かけによらず臆病な性格だと聞く。確かにテント内は50頭が繋がれているとは思えないほどの静けさである。
 9時を回り、いよいよ審査が始まった。拡声器から番号が告げられ、該当する牛が、育ての農家に引かれて審査会場に向かう。審査員は6名。補佐する6名が加わり、総勢12名の審査団だ。まずチェックするのは、体の大きさ、バランス、毛並み、足首の締まり、などである。

「もともとは繁殖牛の基準ですね。適度な筋肉が付いて健康的な体。肥育牛はそれに肉を乗せたのが理想です」
 と、副審査長の三宅健雄さん(前ページで登場した三重県畜産研究所の主幹研究員)が解説する。審査員は牛の間をせわしなく移動し、ぐるりと360度からチェックする。時にしゃがんで真下から覗いているが、それはお腹の辺りに傷や皮膚病がないかを調べるためだ。足の内側がほんの少し腫れていても見逃さない。
 最初の審査が終わると牛は一旦テントに戻る。しばらくするとまた呼ばれ、今度は数頭を比較しながら優劣を決めていく。並ばせて比べ、並びの順番を変えて、また見比べる。審査員たちは牛の僅かな優劣を見極めるために、何度もこの作業を繰り返す。

優秀賞一席獲得は大きな名誉衆目の中、厳しい審査が続く

「何せあんな値段が付きますから」
と、三宅さんが言う。「あんな値段」とは何か? それはセリ値のことである。1席と2席との差がとても大きいのだ。ちなみに今回の1席のセリ値は3310万円。2席は671万円だった。その差は実に2639万円。平均的な牛の15頭分にもなる。従って、審査も公平を期さなければならない。
 審査が進むにつれ、審査会場には優良な松阪牛だけが残った。もはや素人目では優劣がつけがたく、肥育農家は固唾をのんで審査員たちの協議を見守っている。やがて意見がまとまったようだ。審査長の県畜産研究所の岡本俊英主幹研究員がマイクを手に取った。関係者に走る緊張の瞬間。丁寧に寸評を述べ、出品番号15番、ももみや号の名前を読み上げた。会場内では大きなどよめきと歓声が上がり、出品者である北村幸成さんとももみや号は、早速報道関係者に取り囲まれ、インタビュー責めにあっている。

 昭和24年に始まった「松阪牛肉共進会」は、特産松阪牛を育てる肥育農家のハレの日だ。肥育農家の誰もがこの品評会の優勝を目指して切磋琢磨し、それが特産松阪牛の品質を極めて高い位置に留まらせているのである。
 12時から始まった褒賞授与式には三重県知事や松阪市長が臨席し、入賞者を祝福した。続いて13時から公開でせり市が始まった。競り人の声にあわせて電光掲示板に数字が並ぶ。3,700,000-、3,800,000-、3,900,000-、4,000,000-と表示されたところで拍手が湧いた。平成14年(2002年)には一席の牛に50,000,000円の値がついた「松阪肉牛共進会」。松阪牛のブランド魂が凝縮された一大イベントなのである。

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