袖振り合い焼く肉で
誰もが仲良くなる不思議

7.26㎡に七輪がふたつだけ!

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東京・神田の立ち飲み焼き肉の店「六花界」は、
狭い店内で肉を焼き日本酒を味わいながら、
その日出会った人と仲良くなれる楽しい店である。

初めて会った人同士で楽しく乾杯。この瞬間から仲良しに。

初めて会った人同士で楽しく乾杯。この瞬間から仲良しに。

神田駅改札横のガード下にある立ち飲み焼き肉の店「六花界」。店内は驚くほど狭いのだが、リーズナブルで美味しい焼き肉が食べられるとの評判で、夕刻から終電近くまで賑わう毎日だ。
 アクセスが良いため2.2坪(7.26㎡)の店舗面積にも関わらず家賃は高い。果たして夕方からの客商売で勝算はあるのだろうか? 15人足らずで一杯になるこの狭小スペースを選んだ理由を、オーナーの森田隼人さんが語る。
「当初から少人数で賄える店づくりを考えていました。広い店で大勢のお客様を相手にすればそれだけの従業員が必要で、コストがかかります。お客様が雨天時に濡れずに来店できる場所を探していたので、駅から30秒という立地は申し分ありません。何よりこだわったのが、狭い空間で見知らぬ人たちが一緒に肉を焼いて食べるスタイルです」
「六花界」が開業する前、この場所にあったのは金券ショップ。水道、ガス、トイレがないので飲食店に選ぶ人はまずいない。しかし、建築設計士でもある森田さんにはこの空間を生かすノウハウがあった。足を踏み入れた瞬間、人一人が立つ面積、消防法でクリアしなければならない点も含め、具体的なレイアウトが浮かんだという。その経験もあって、開店費用が200万円で済んだ。

その日のうちにすべて売り切る狭小店舗の営業ノウハウ

イシワタリさん(都内在住の常連) 美味しい焼き肉が食べられるので、週に3回は来ています。日本酒も一杯400円と嬉しい値段ですから。顔なじみの常連客も多く、見知らぬ人ともすぐに打ち解ける雰囲気が最高。毎回楽しく過ごしています。

イシワタリさん(都内在住の常連)
美味しい焼き肉が食べられるので、週に3回は来ています。日本酒も一杯400円と嬉しい値段ですから。顔なじみの常連客も多く、見知らぬ人ともすぐに打ち解ける雰囲気が最高。毎回楽しく過ごしています。

 限られたスペースで営業する場合、どんなに工夫しても店に置ける備品・食品は限られる。不便さはないのだろうか。
「仕入れ先から運ばれてきた肉は捌いて滅菌処理し、その日のうちにすべて売り切ります。肉は鮮度が一番。残った肉は、次の日に出せたものではありません。肉は単なる商品ではなく、文字通り、肉はこの店の肉であり命なのです」
 鮮度の落ちた肉を一切扱わなければ、肉専用の冷蔵庫は不要になる。小さな冷蔵庫はあるが、それは酒用だ。その日本酒もストックは置かない。毎日6本を発注し、届いた日本酒を提供している。
「日本酒も一度栓を開けてしまえば味が落ちるので、肉同様に売り切ります。もしホッピーを扱うのであれば大量のホッピーの瓶を置くスペースが必要ですが、それはこの店では難しい」
 森田さんは、空間が限られていることが、店の運営すべてに影響するという。“狭さ”というものは、ネガティブに捉えられがちだが、どうにもならない制約があるからこそ無駄が露呈し、露呈することで省けるもの。同時に、何とかしなければと、それまでにない発想を得るチャンスにもなる。日本酒をメインに扱っているのも、スペースが限られていることと無関係ではない。それを逆手に、「六花界」のスタイルが生み出されたのだ。

人気の「肉の盛り合わせ」(1000円)。新鮮な赤身のほか、マルチョウ、トントロなどが並ぶ。

人気の「肉の盛り合わせ」(1000円)。新鮮な赤身のほか、マルチョウ、トントロなどが並ぶ。

利益以上のものそれを追い求める

「六花界」で仕入れる肉は、その時々の一番美味しい肉だ。特定の部位を除くと、A5もしくはA4ランク。なのに肉の盛り合わせは一人前1000円。ちなみに日本酒はすべて一杯400円で提供している。とてもリーズナブルだが、利益は出ているのだろうか。
 「原価率は高く企業秘密ですが、話すと決まって驚かれますね(笑)。利益追求型のビジネスもいいですが、それより“楽しい”“面白い”でやっている側面があって、利益は店が続けていけるだけあればいいと考えています。それよりも、まずは信用です。何よりお客様が喜んでくれることを優先し、信用してくれる先に、きっといいことが待っている(笑)。そう考えています」
 こうした顧客重視の姿勢による満足度の高さが評判を呼び、客を引きつけ、5店舗と系列店を増やしたのだろう。
「系列店が成功しているのは、スタッフ一人一人が成長しているからですよ」
 森田さんはこう謙遜するが、まっさらから始め、コンセプトを軌道に乗せ、それをビジネスに発展させるのは、並大抵のことではない。

狭い店が賑わい楽しい店に変わる瞬間

店内には2つの七輪が置かれているだけ。肉を焼くのもままならないが、その不自由さが、集まった客たちのコミュニケーションを育む。

店内には2つの七輪が置かれているだけ。肉を焼くのもままならないが、その不自由さが、集まった客たちのコミュニケーションを育む。

 手軽に美味しい日本酒と焼き肉が楽しめる「六花界」のもう一つの魅力、それは人と人とが結びつく場であることだ。取材時にも、常連客が一見客に特定の部位の肉を上手に焼くコツを教えていたが、これは普通に見られる光景だという。とかく人付き合いが苦手で人見知りな都会の人間にあって、知らぬもの同士がいつの間にか仲良くなってしまう。それは、どうしてなのだろうか。
「僕は見知らぬ人と話をするのが得意で、人と人とを結びつけることに自信がありました。ぎゅうぎゅう詰めの店内では、お客様の手でお皿を回してもらうこともありますが、こうしたことが、コミュニケーションのきっかけになり、実は楽しいものなのです。店内でお客様同士が会話しながら一つの七輪で肉を焼く。これは小さな店だからこそできるシステムです。開業前から店のコンセプトはこれしかない、人と人とのつながりしかない、と考えていました」
 森田さんは気配りを絶やすことがない。客が来店すればタイミングを見はからい、その人のために乾杯の音頭をとる。それは、初めて来た客でも常連でも変わらない。
「お客様からスタッフまで、僕には人の輪が大切です。今日もたくさんのお客様に来店していただいていますが、顔を向き合わせて接客するこの店では、お客様が喜んでいる顔を目の前で見ることができます。僕にとって、これこそこの店をやっている醍醐味なのです。確かに狭いかもしれません。しかしある意味では、他の広い店よりも大きいものがある。僕はそう思っています」
 若い女性客から初老の男性まで、初めて出会った人同士が「お疲れさまです。カンパイ!」と、ともに笑顔で乾杯している。この狭小店の美味しいところは、実はこの瞬間なのかもしれない。

JQR-6

六花界

住所:東京都千代田区鍛冶町2丁目13-24
TEL : 03-3252-8644
定休日:日曜・祝日
営業時間:17:30~24:00

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