客をもてなすために
狭い鮨屋の心意気

6.0㎡にカウンター席が3つだけ!?

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東京・新橋の「すし処 まさ」は驚くほど狭い鮨屋だ。
だが、そこには店主の心のこもったもてなしが待っている。
丁寧な仕込みで抜群の旨さ。5年先まで予約で埋まっている。

目の前で鮨が握られる。その距離が近いため、店主の包丁さばきや手際、緊張感が伝わってくる。味わいはもちろん、鮨屋の醍醐味が楽しめる。

目の前で鮨が握られる。その距離が近いため、店主の包丁さばきや手際、緊張感が伝わってくる。味わいはもちろん、鮨屋の醍醐味が楽しめる。

のれんをくぐり、戸を開けると、キューブのような空間が3席の椅子と白木のカウンター、その向こうの小さな収納棚で満たされている。初めて訪れたなら誰もが戸惑いを覚えるに違いない、1.82坪(6.02㎡)という狭く簡素な空間。それが「すし処まさ」の店舗である。
 店主の鈴木優さんがこの店を開いて6年になる。それ以前に経営していた店は14坪(46.2㎡)と広く、カウンターとテーブル併せて30席だった。繁盛していたものの、鮨を握るのは自分だけ。注文が捌けず「料理が出るまで遅すぎる」と度々クレームを受けたという。
「お客様が一度に来てしまうと、どんなに早く握っても間に合いませんでした。細やかな仕事をするのは難しく、個々のお客様への気づかいにはほど遠かったですね。始終“話しかけないで欲しいオーラ”が出ている状態です。周囲に嫌な雰囲気を感じさせてしまうこともしばしばで・・・・・・。焦りがありました」
 鈴木さんはいつしか、規模が小さくてもお客様に十分な配慮ができる店、納得いく仕事ができる店を開きたいと考えるようになった。

客の視線を考慮に入れ狭い空間を生かす工夫

 店内には限られたスペースを生かす工夫が仕込まれている。客の多くはカップルや夫婦で、予約は2+2=4名が多い。一方、置かれた椅子は3席。もう1席はどこにあるのかと尋ねると、椅子の下にもう一つ、木組みの椅子が逆さに収納されていた。1枚の引き戸だった玄関も、真ん中から左右両側へスライドできる4枚扉に作りかえた。これで一人がトイレに立つたびに、全員が腰を上げることもなくなった。
 スペースを生かす工夫は狭さを克服するためだけではない、客への配慮という視点からも生まれている。
 狭い店舗では、洗い物など客の目にふれさせたくないものが見えてしまう。ステンレス製の流し台や調理器具など光が反射するものは、客にとって心地よいものではない。そこで流し台はまな板の下、冷蔵庫はさらにその下に設置するという3段構造とした。
 もちろんどんなに工夫をしても狭い空間だ。必要なものが置けない不便さは残る。予約のための固定電話やFAXはない。日本料理では季節によって器や皿を変える。夏には涼しさを感じさせるガラス、冬にはぬくもりを感じさせる陶器が用いられるが、当然店には置ききれない。器は自宅のガレージに収納し、必要な時にその都度運んでいる。

毎朝の仕入れから仕込みまで手を抜かず、鮨を握りながらお客をもてなし、閉店後は店内を隅々まで掃除する。それをすべて一人で行うため、体調にも常に気を配っている。

毎朝の仕入れから仕込みまで手を抜かず、鮨を握りながらお客をもてなし、閉店後は店内を隅々まで掃除する。それをすべて一人で行うため、体調にも常に気を配っている。

小さな店は効率が良いが
一人でやり抜く覚悟が必要

 狭いと言っても場所は新橋駅のすぐ隣。坪あたりの賃料は銀座の路面店並みと高いが、一方、定員は4人で1日2回転だけ。商売としては厳しいように感じられるが、狭小店ゆえ一人で切り盛りできるし、するしかない。そのため人件費が不要で、食材のロスもほとんどない。予約困難な人気店ということもあってか、キャンセルは年に3〜4件。仮にキャンセルがあっても少人数なのでリスクは最小限に抑えられる。
「生ものは仕入れたその日に使い切らなければなりません。この点で、以前の店は苦労が多かったですね。雨が降ったり、スポーツの国際試合があるたびにキャンセルが出て魚が無駄になり、経営を圧迫したのです」
 鈴木さんは、今の小さな店は効率が良く、経営はむしろ安定したという。もちろん早朝の仕入れから仕込み、閉店後の掃除まですべてを一人でやらなければならない。大切な包丁研ぎは、もっぱら休みの日の行事となったが、それゆえに予算の範囲で質の高さを存分に追求できる。
「忙しいですが、今は自分が納得いくまで仕事を追求できる。むしろ楽しいですね」

世界一狭い鮨屋で最高のおもてなしを目指す

写真上から、ボタンエビと青柳の御造り。カツオの御造り。自慢の握り。蒸しアワビ。コースには、このほか昔ながらの製法でつくった豆腐、焼き物などが出る。

写真上から、ボタンエビと青柳の御造り。カツオの御造り。自慢の握り。蒸しアワビ。コースには、このほか昔ながらの製法でつくった豆腐、焼き物などが出る。

理想は江戸時代の屋台鮨

 納得がいく鮨を求めて、鈴木さんは素材をひとつひとつ吟味し厳選する。使う米は埼玉県産の関取米だ。江戸時代からの鮨用の品種だが、1本の稲から収穫できる量が少ないため作付面積が激減、消滅しかけていたが、栽培している農家を探し出した。関取米は米の白い部分にはモチモチ感があるが粘りが少なく、空気を含んで握ることができるため、シャリが口の中でほどける。この関取米に合わせる酢には色の濃い赤酢を使う。赤酢も江戸前の鮨に使われていたものだ。
「すべてを江戸の味に戻そうとは思いませんが、昔ながらの味は探求してみると意外に美味しいです」
 江戸時代、鮨は屋台で出されており庶民のものだった。対して今の超高級店は豪華絢爛。お金を出せば出すほどよいネタが買え、美味しくなる。これは方向性として間違ってはいないと思う。しかし鮨のルーツをたどれば、必ずしもそれだけが正しいとは言えないのではないか。小さな屋台で美味しい鮨を誰もが味わえる値段で提供する。本来鮨屋にはこうした精神が生きていたはずだ。鈴木さんはそう考えている。

客と相対することで初めてできるおもてなし

 例えばもう少しだけ広い店を持ったとしたら? 一方の客に向かって会話をすれば、その分もう一方の客には時間を割くことができない。客と相対し続けることができなければ、初めて来た客が疎外感を感じることもあるだろう。
「寿司屋は板前との会話も楽しみのひとつです。今の店であれば、お客様と限りなく1対1に近いかたちでコミュニケーションが取れます。会話はもちろん、この店ではすべての作業を相対するお客様のためにしているのが伝わるはずです。豪華さや超高級感はないかもしれません。しかし高級店では感じられない、別の贅沢感や楽しさは感じていただけるのではないかと思います」
 顔を突き合わせて話し、精一杯もてなす。「すし処まさ」は、限られた空間でこそ可能になった、店主と客との濃密なひとときが楽しめる鮨屋なのだ。

JQR-5_3

すし処 まさ

住所:東京都港区新橋2-21-1
   新橋駅前ビル2号館B1
TEL : 080-5442-9866
   (2015年7月現在、予約受付休止中)
定休日:日曜・祝日、年末年始。
営業時間:18:00~、20:30~

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