食料調達の新しいスタイル – 野菜の計画的な生産が可能になる 植物工場の実現化

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Takumi 1
玉川大学 農学部 生命化学科の渡邉博之教授。LED を使った野菜栽培を20 年間研究。野菜工場プロジェクトを推進している。農学博士。

 


植物は太陽光の波長すべてを使って育つ訳ではない。実は必要に応じて使い分けているのである。その光の個々の波長に限定した光を発光するのがLEDである。ならば、このLEDを使えば効率的に食物を栽培できるのでは? そう考え研究に邁進してきたのが、玉川大学の渡邉博之教授である。今では栽培の効率化ばかりでなく、味や食感、栄養までコントロールできるというから驚きだ。いよいよ事業化が秒読み段階に入った野菜工場の研究現場を訪ねた。

緑豊かな玉川大学の広大なキャンパス。2年前に作られたFuture SciTech Labにはクリーンルームが設けられ、学生たちが毎日野菜の手入れに余念がない。赤や青、紫のまばゆいLEDの明かりの中で、整然と並んだ野菜がスクスクと育っている。

「ほんの十数年前までLEDはとても高いものでした。光量に対する費用を比べると、蛍光灯の100倍も1000倍にもなった。植物を大きくする光源としては見合わなかったんです」

LEDで野菜を育てるためには避けて通れないコストの問題。91年から研究に取り組む渡邉教授は、94年に登場した青色のLEDと、それ以降の価格の下落が追い風になったと言う。

「青は植物には重要な光です。製品化されてすぐに買いました。ひとつ3000円と高かったですね(笑)」

よりコストを下げるためにはLEDの寿命を長くすることが重要だ。チップは0.3ミリ程度の芥子粒のような素子。流した電力の70数パーセントが熱になり、その熱がチップ自体を壊してしまう。継続的に冷やすことができれば寿命が延びるはず。渡邉教授が考案したのはダイレクト水冷式という仕組みだった。

「LEDのチップは樹脂で固められていますが、樹脂は断熱材なので、なかなか熱が外に抜けません。そこでチップをアルミ基板に直接溶接することを思いつきました。そのアルミ基板の下に水を流して冷やし、20度弱で駆動させると長持ちします。高い耐久性を保ちながら強い電流を流すことが出来るんですね。これが私たちのLED栽培のコア技術です」

このアイデアによって、理想的なLEDが入手できた。それに積み上げてきた栽培ノウハウをつぎ込み、満を持しての実用化にチャレンジしている。では今の段階で、どの程度の作物が栽培出来るのだろうか?

「葉物に加えてイチゴ、トマト、ジャガイモ、サツマイモ、薬用人参、稲、大豆と、何でも出来ます。稲や大豆は実がなって面白かったけれど、コスト的には無謀でした(笑)。イチゴは期待する人が多いですね。少し苦味のあるレタスとか、甘味があって食感の柔らかいレタスなども可能です」

オーダーメイドの野菜作りも可能

「高ビタミンのレタス、リコピンの高いトマトも作り分けできます。レタスでビタミンAを十数倍に上げるのは簡単です。おおまかに言うと赤色のLEDを一定光量当てて、夜と昼の比率を制御するんです」

研究室では光の波長、光量、時間、温度、湿度、ガス環境などをすべてコントロールして育てている。中でも意外に重要なのが風だとか。流れ方、植物への当たり方で品質が変わるそうだ。

「すべての生育環境を変えることができるのが野菜工場です。条件はすべて目的に合わせられる。あとはそれだけのコストをかけてやるかどうかです」

私たちの生きる糧となる野菜の生産は、ある意味天候任せ。しかも、作り始めて数ヶ月は必要だ。10日後くらいの市況は予想できるので、市況に併せて流通情報、販売情報、需要情報などをきちんと集約し、安いときには付加価値の高い、他では手に入らないものを作るなど、野菜工場なら流通マネージメントができると渡邉教授。

「西松建設と事業化を進めている野菜工場は、栽培から収穫まで自動化され、生産物は最後にパッキングされて出てきます。栽培スペースには人がいない状態で、カメラとセンサーが状況を確認。管理室のパソコンで栽培条件等を制御します」

採算性と事業性が実証できれば、手を挙げる企業も出てくると、渡邉教授は期待している。

実際、世界的な人口増加は止まらず、近い将来食糧不足になることは目に見えている。その時、天候に左右されることなく決まった分量の野菜を日々生産できるこのシステムは、大きな魅力である。

渡邉教授の最終的な目標はどこにあるのだろうか?

「何よりこの事業を確立させることですね。そうすると競争相手が出てきて、この分野に資金も人材も集まる。一番願っているのは、技術者として育てた学生が身につけた技術を活かした仕事に就職できることです。農学部は食料生産のエキスパートを育てている訳ですから、卒業して学んだことと関係のない会社に就職するのを見ると辛いんです。育てた人材を全く使わないで、農業に国際競争力がないと言うのは矛盾しています。育てた人材が勉強したことを活かして活躍できることが、その分野のレベルを上げるのですから」

この秋に稼働予定の野菜工場は、レタスなら12日間で栽培が完了。2年後に、日産3500株の出荷を目指している。

 

様々な条件下での生育データを蓄積するためには膨大な時間が必要だ。より効率的に、品質が良い野菜作りのデータを得ることは、コスト削減にもつながる。また、機能的な野菜作りには大きな期待が掛かっている。例えばコレラなど感染病のワクチンの遺伝子を生成する米が作れれば、多くの人命を救えるだろう。現地に医者を派遣するコストも大幅に削減できる。食物の中に入れるワクチンでインフルエンザも防げるようになる。渡邉教授は、大豆は非常に見込みがあると言う。

 

 

研究室の栽培棚は、スイッチ1 つで青や緑、赤とLED を変えることができる。赤と青で作り分けられたレタスの味覚は確かに違っていた。

 

 

玉川大学のキャンパス内に建設される野菜工場の完成予想図。2012 年秋に稼働予定。14 段のタワー型の栽培装置が並び、自動化された中でレタスやサラダ菜が生産される。

 

 

玉川大学学術研究所
生物機能開発研究センター

東京都町田市玉川学園6-1-1
042-739-8666
http://www.tamagawa.jp/

 

撮影/内藤サトル取材・文/JQR編集部

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