放射性物質を含まない夜光塗料で世界シェアNO.1 – 暗闇で安全性を確保する「N夜光」

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原料となる粉末を調合し、焼成して作られたN夜光。このブロックを粉末状にしたものが製品として出荷される。

 

もしも突然目の前が真っ暗になってしまったら……。2011年3月、東日本大震災に伴う停電・計画停電を経験した人々は、暗闇にともったわずかな灯りを頼りに身を寄せ、声を掛け合って過ごした。

根本特殊化学株式会社は、停電時でも明るく光り続ける特殊な蓄光性顔料「N夜光(LumiNova®)」を開発し、世界中の安全を静かに見守っている。たとえば地下鉄駅構内などで見かける「非常口」のマーク。蓄光性のものはみな、同社のN夜光が使用されている。時計の文字盤にいたっては、世界シェア100%だ。

「もともと時計の文字盤への利用のために開発したものですが、時代と共にニーズが変わってきました。現在は、安全分野での用途が高まっています」と松沢隆嗣社長は言う。

2001年、ニューヨークで同時多発テロが発生した際、ワールドトレードセンター内にいた多くの人々が、非常階段を使って避難したことは記憶に新しい。その際『、階段に古い夜光テープが残っていた箇所があり、役立った』という避難者のコメントがニュースに流れ、避難誘導標識や夜光テープの必要性が再認識された。その後すぐ、ニューヨーク市では75フィート以上の高さの商業施設には避難通路に夜光システムを設置するよう、条例で義務付けられた。

飛行機内の床面にも、暗くなるとほんのり緑色に光る通路表示がある。配膳車や乗客の歩行の邪魔にならず、配線を必要としない蓄光性の表示は、電気いらずで故障知らず。1996年にルフトハンザ航空で初めて導入して以来、多くの航空機に採用されている。

またスイスでは、トンネル内に、同間隔でN夜光の避難案内が設置されている。1999年に起きた、アルプスを貫くモンブラン・トンネルでの車両事故をきっかけに、導入されたのだ。

「N夜光は防災用途に有効です。たとえば曇天で電源が落ち、交通信号も外灯も消えるなど悪条件が重なると、屋外でも真っ暗になることがあります。最近では多くの自治体から、津波の際の避難ビル表示や避難経路表示の標識を作りたいというご要望が寄せられるようになりました」(松沢社長)

 

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非常口や避難経路を示す案内標識は、かつては電球で光らせていた(内照式)。しかし、配線の必要のないN夜光なら電気工事不要で、LEDよりさらにエコロジカルだ。 夜光塗料の用途としてもっとも古くから身近に使用されてきたのは、時計の文字盤。現在でも、世界中で光る時計の文字盤は100%、根本特殊化学のN夜光が使用されている。

 

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事故や震災後、暗闇での避難誘導表示の有用性がはっきりと証明された。今後も需要が高まりそうだ。

 

放射性物質を含まない夜光塗料

N夜光は、放射性物質を含まない夜光塗料として世界を凌駕している。1993年にN夜光が開発される以前は、世界各国で放射性夜光塗料が使用されていた。ラジウムのエネルギーを使って発光させる、自発光タイプである。これらは戦前、主に軍用に使用された。夜間でも戦えるよう、潜水艦や飛行機の計器のダイヤル、針先などに塗布されていたのだ。じつは根本特殊化学株式会社も、業(なりわい)を興したのは第二次世界大戦の戦時下であった。

戦後になると軍需がなくなり、民需の時代となる。夜光塗料は、時計の文字盤に活用された。原料と技術を有していた同社は、ラジウムより危険性の低い核種・プロメチウムを精製して新しい夜光塗料を開発した。プロメチウムの放射線は空中で30cmくらいしか飛ばない非常に弱いもので、ガラスの蓋をすれば放射線は完全に防げる。この安全性で大手時計メーカーの信頼を得、市場を独占するほどまでに成長した。

ところが1990年、環境保護を重視する時代に突入すると、主要取引先であった大手時計メーカーが「5年以内に、放射性物質を含む夜光塗料使用を全面廃止する」と新聞で高らかに宣言した。この報道を知った同社は、慌てふためいた。生き延びるには、放射性物質をまったく含まない新素材を開発する以外になかった。

そこからは実験に次ぐ実験の日々である。原料を変え、配合を変え、製造条件を変えること約3000通り。3年の月日を要し、社員一丸となった思いがようやく実った。N夜光の誕生である。

N夜光の優れている点は、放射性物質が含有されていないというだけではない。従来のものに比べ、明るさ10倍、発光時間10倍と、飛躍的に性能が高められた点にある。また、光の吸収と発光を繰り返す性質をもつため、半永久的に使用できる。しかも1350~1400°Cという高温で長時間焼成されているため、熱にも強い。

日本製の時計はもれなくN夜光が使用され、1995年頃には完全に切り替わった。一方、スイスに合併会社を置いた同社はスイスでN夜光を生産し、老舗時計メーカーROLEXなどに販売。ほどなくヨーロッパにおいてもN夜光は認められ、2000年以降の時計のほぼすべてにN夜光が使用されている。

エコロジーの面でも秀でている。

先に挙げた非常口表示は、アメリカ全土で内照式から蓄光式に入れ替わってきている。アメリカ全土が入れ替われば、原子力発電所3基分の電力使用量を抑える効果があると言われている。

安心安全な夜光顔料は時計メーカー以外にも重宝がられ、ルアーやリモコンのボタンなど、意外な物にも広く活用されている。利用場所によっては、LED照明よりもエコで経済的だ。

 

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消防車のホースにはN夜光を塗布したものがある。消火作業中に停電になった場合、消防士がホースの灯りを伝って外に出られるよう、東京消防庁ではこのホースが導入されている。

 

コア技術を生かして

同社は「セーフティ・セキュリティ分野」で蓄光材事業・特殊蛍光体事業・センサ事業を手掛け、「ヘルス分野」で医薬品開発支援を行うライフサイエンス事業などを行い、事業の多角化を進めてきた。それぞれは一見つながりのなさそうな事業内容だが、根底にあるのは、夜光顔料開発で培った技術だ。放射性物質の取り扱い技術、蛍光体の製造技術、塗装印刷の技術。これらコア技術を確固たるものとし、常に発展させてきたからこそ、新しい研究分野が生まれ、育ってきた。

「N夜光がもっと明るく、もっと長時間の発光が可能になれば、照明として使用できますので、研究は続けています。これからは世界の安全を守るセンサや、人の命にかかわる医薬品開発の分野でも、わが社の技術が生かされ、地球環境に貢献することを願っています」
(松沢社長)

 

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根本特殊化学取締役社長・松沢隆嗣(まつざわ・たかし)さん。N夜光を開発した現場のメインスタッフとして会社の危機を救った。

 

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根本特殊化学株式会社(本社)
東京都杉並区高井戸東 4 -10-9
TEL:03-3333-2711
FAX:03-3333-2712
http://www.nemoto.co.jp

 

撮影/長尾 廸 取材・文/大津恭子

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