Reportage de JQR – 二年後の石巻 熱がこもる復興の現状

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二年後の石巻 熱がこもる復興の現状

レポーター:クリスティーヌ・ラヴォワ – ガニョン

 

 この3月11日で、東北地方に惨禍をもたらした巨大津波から二年が経った。海岸沿いの町や村は少しずつそれなりの生活を取り戻している。悲劇の発生からほんの数日後の現地の惨状、そしてこの2年間の復興の進み具合をこの目で見てきた私は、現状を伝えるのに喜びと悲しみの間で揺れる。

 片づけ作業は終わりに近づいている。自衛隊、警察、ボランティアの努力の結集と迅速な働きぶりは偉業と呼んでも過言ではあるまい。瓦礫の山はついに消え去った。石巻市は今月の終わりまでに、まだちらほらと残っている居住不能家屋の撤去を終えることになっている。いかにも被災地然としていた土地も、新たな街、新たなコミュニティーの再建に向けた準備がようやく整ったように思われ、喜ばしい。住民は避難の段階を脱し、新たな家を求める段階に入りつつある。日本全国から集まった官民の専門家の支援を得て、市民が参加して各地で都市計画が練られ、大筋は決定された。これを機に、新エネルギーとインテリジェントシステムを取り入れた、環境にやさしいモデル都市を建設することを目指している。初期予算も公表され、あとは推進するのみだ。

 

それなのに、なぜ進捗しないのだろうか?

 現実は実に厳しい。同時に解決せねばならない問題が錯綜、山積しているのだ。しかも、そのスケールたるや、一つや二つの市町村ではなく、500キロもの海岸線に沿った地方全体に及ぶ。急峻な山脈が沿岸に迫っており、使うことができるわずかな平地は、921か所、53,537戸の仮設住宅のために使われた。海沿いの地区の大半は居住制限区域に指定されてしまったので、街区全体を移転できる場所を探さねばならなかった。山や農地を転用すれば良いではないか、と考えるのは当然であるが、日本の至る処で見られるように、東北の山々は国立公園に指定されているし、水田は農地法で保護されている。その上、丘の斜面の土壌は滑りやすいし、信仰の対象となっている場所や史跡も多い。要するに、移転はおいそれとはかなわないのだ。

 加えて、津波以前からこの地方が抱えていた大きな問題がある。人口の高齢化である。大災害が起こってからほんの数週間で、すでに少数派であった元気な若年層は仙台、東京、大阪といったよその土地に再就職先を求めた。今日の被災地では、40歳以下の人口が文字通り抜け落ちている。経済が再び軌道に乗るにはまだ何年もかかるだろうし、しかも若い家族を引き寄せられる経済状況であることが求められる。

 東北、特に被災地を訪れると、60歳以上の人しか見かけない。これには衝撃を受ける。ここで、改めて住宅問題が頭をよぎる。あれほどの衝撃を受けた後、すべてを失った後に、家を再建し、銀行から再び融資を受ける気概、再建した家で人生をやり直す気力を持つこと―しかも高齢者が一人ぼっちで―など可能だろうか?震災から二年が経った今でも、仮設住宅から出る人の割合はきわめて低く、5~8%に過ぎない。これは確かに驚くほどの停滞ぶりであるが、60~90歳の老年層の移転先を何処に求めたらよいのか?彼らの70%は公営アパートに引っ越すことを望んでいる。市町村はそこで、公営アパートの建設に着手した。ここで再浮上するのが、建設用土地の不足の問題であり、これが解消するスピードは遅々としている。

 地元経済の再建に関しては、いくつかの水産加工会社が大奮闘して工場を再建し、漁師たちが漁を再開し、牡蠣や帆立貝の養殖場の生産量が震災以前のレベルに戻ったことは喜ばしい。以前の諍いに代わって協力関係が成立し、人々の顔は希望に輝いている…福島原発の話題が出るまでは。牡蠣養殖を営む人々は自分たちの牡蠣の安全性にかなり自信を持っている。(福島原発から見て)海流の上流に当たるからだ。しかし、魚はそうはゆかない。地元経済復興にかけるあらゆる努力、熱意、投じた何十億円という資金は無駄にならないのか?放射能汚染された海の問題を解決することはできるのか?これから5年以内に漁業を放棄することにならないのか?将来の見通しが不透明なのに、若い労働力を引き寄せることができるだろうか?漁師も事業者も、こうした疑問を払拭できないでいる。

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