ORANGEの世界戦略

異目異耳 – Vol.3

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 1602年、世界最古の証券取引所(アムステルダム)と並び設立された世界で最初の株式会社「オランダ東インド会社」は、世界の貿易路を求めて各国に進出した。その船二隻が日本の長崎・平戸に入港したのは1609 年のこと。

 まさに同じ年、同会社に雇われた英国人ヘンリー・ハドソンは、米国東海岸に到達。(今の)ハドソン川の流域一帯はNew Netherlandと名付けられた。

 そしてマンハッタン島にオランダ人が入植し、New Amsterdam と名付けた。それはのちにNew Yorkとなる。外敵から身を守るための壁の名が今もWall 街として名残りがあるが、もっと明らかな証拠が、現在のNY 市の市旗に残っている。「オレンジ・白・青」の三色は、まさにオランダの国旗だ。そこにある数字1625 は入植の始まった年だし(メイフラワーの東海岸到着は1620年)、オランダ名物、風車も図柄に見られる。

 本家オランダの国旗は、オレンジ色が赤に替えられて「赤・白・青」の三色(Tricolore 仏語)だが、元々は「オレンジ・白・赤」だった。ゆえに、今でも「Oranje(オレンジ)・Blanje(白)・Bleu(青)」と愛称される。なぜ、オレンジなのか? あの柑橘類のオレンジの産地というわけではない。

 オランダ王室がオレンジOranje、オラニエ・ナッサウ家(Huis Oranje-Nassau)なのだ。

 16 世紀後半、スペイン支配からの独立戦争の先頭に立ったオラニエ(オレンジ)公ウィレム(ウィリアム)Ⅰ世の紋章の色であり、「プリンスの旗(Prinse-nvlag)」だ。

 その建国の父の名前が、世界で一番古い(1570 頃)オランダ国歌にある。15 番まである歌詞の最初の文字を拾っていくと(acrostic という技法)、WILLEM VAN NAZZOV、つまり「ナッサウ家のウィレム」となる。

 オランダに縁のあるオレンジ郡は、米国内では、NY 州、インディアナ州、ノースカロライナ州、バージニア州などにその名を残す。カリフォルニア州南部のOrange County は果物のオレンジだ。南アフリカのOran-ge 自由州はアパルトヘイト禁止後、廃棄された。

 そして、サッカー・ワールド・カップの強豪オランダのチームカラーは「オレンジ(色)」だ。ORANGE はまさに世界を股にかけて戦ってきた歴史の象徴なのである。

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