ボストン・緑茶事件

何気ない言葉に見る深遠な異文化論 異目異耳 Vol.2

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世界史の授業で習うアメリカの独立革命の象徴的事件は「ボストン茶会事件」だ。

イギリス本国の植民地政策による高関税に抗議、急進派が、ボストンに停泊中のイギリス船に侵入して、東インド会社の船荷である茶箱を港に投棄したのでBoston Tea Partyと呼ばれる、と教わった。

それにしても、「そんな緊急時にどうしてお茶会(= Tea Ceremony)などをやったのだろう?」という疑問が生じる。

調べると、この「茶会・事件」というのは誤訳、という説に行き当たる。つまり、日本人にはパーティーと言えばまず「社交的集まり」という解釈しかない。ところが、実は、パーティーとはGOP (Grand Old Party=米共和党)とかDemocratic Partyのごとく政党のことでもある。さらに、騒ぎ(Revel) という意味があり、Tea Party とは、つまり、「茶・事件」とするのがふさわしいということがわかる。

米大統領選での話題に登場する保守派政治運動ティー・パーティーは、従い、この「(ボストン)茶・事件」にひっかけた「茶・政党」ということになる。

さて、この「ボストン茶事件」は対イギリスの貿易紛争のことだから、通常、紅茶(Red Tea ならぬBlackTea)だと思われるが、実はそれは緑茶(Green Tea)だ。

緑茶のタンニンが酸化=熟成したものが紅茶で、その生産がインド・アッサムで試験的に始まったのは1839 年。ところが「ボストン茶事件」がおきたのは1773 年だから、それは紅茶であったはずはないのだ。

茶そのもののオリジンは、中国の古き神話時代に喫茶の記録があり、日本では 『日本後紀』 (815) に記述がある。

古くアジアを発祥とし、今や、世界中どこでもあるこの飲み物は、伝播ルートによって陸路(対アジア、中東) ではチャ(Cha、Shai,Cay,Jha)と呼ばれ、海路(対西欧)ではテ(Te, Tea, The, Thee)と呼ばれる。まさに古来からグローバル商品だといえる、深遠な話だ。

因みに、「アジアは一つ」と主張した岡倉天心(ボストン美術館)が1906 年著したのは「The Book OfTea」(英文)だ。

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