3.11を抱きしめて – 東日本大震災・災害復旧ボランティアの現場から- [第6回]

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外壁は歪み、津波が襲った1階の壊れ方は酷いが、2階のフォトスタジオは全くの無傷だ。

巨大津波に襲われた大震災から8ヶ月が過ぎた。時間の経過と共に少なくなっているのは残念だが、それでも被災地に入るボランティアは、懸命に活動を続けている。

石巻市の湊町周辺では空き地が増えた。そこには雑草が伸びている。その場所に家が建ったことがないように、子供たちが育ったことがないように・・・・・・。

初めてここに来た人は点在する家々を見て、きれいな住宅環境だと思うに違いない。一軒一軒、立派な外観をパノラマに写している。だが近づいて見ると、海に面した外壁は破られ、うつろな室内がぽっかりとあいている。残骸となった古屋敷は、なぜブルトーザーで片付けてしまわないのだろうか?

11月後半の週末に浅野さんの家を訪れたボランティアも、同じことを考えた。すでに退職している浅野夫妻は、もうここには住めないと承知している。にも関わらず、無茶苦茶になった家の1階から回収できるものを回収して欲しいという。

ボランティアが作業を始めた。壊れた花瓶、知らない人の写真、古いBMWのモーターバイク、年代物の着物。壊れて汚れた品々が、ヘドロの中から次々と現れる。20世紀前半に使われたカメラをいくつかを回収した時に、浅野さんの祖父と父がカメラマンだったことを聞いた。富士フイルムコンテスト賞を受賞した浜辺をヌードでスキップしている3人の海女の写真には1956年の日付が見て取れた。その写真を回収した時、奥さんが2階に上がるように手招きした。階段を上がったとき、私の心臓が一瞬止まった。やっと分かった。この家は生きている。感動する程豊かな歴史を持っていると。

そこは古い写真スタジオだった。アーチ型の高い天井には、曇りガラスが並んでいて、そこから柔らかな光が室内を照らしている。柱もフローリングも丁寧な手入れにより、美しい輝きを放っている。ヘドロで汚れたブーツのまま、彼女と二人で開いてる大きな窓の前に立った。その時、奥さんが固い微笑みを湛えながら呟いた。

「この家に住みたい。いつか戻れるように、心から祈ってます」

目の前のオーシャンビューが美しい。津波の前には高層住宅があって、この景色を見ることは無かった。

石巻市の調査によると、40%以上の住民は自宅に、20%以上の住民は元の地域に戻りたいと答えている。高台に移住したいと答えた住民の過半数は、家、家族、そして財産全てを失った人たちだ。

再建プランを構築するために市民が意見交換などの会議に参加している。このプランは2年以内、つまり2013年3月10日までに決定することになった。優先されるのは「、しっかりした防災体制」「広い避難路」「全避難所に発電機と十分な避難物資の設置」である。この新体制の導入が完了するまで、数年かかることは明らかだ。石巻市民が自分の家で生活を送れるようになるのは、いつのことだろうか?

Christine Lavoie-Gagnon (ラヴォワ=ガニョン・クリスティーヌ)
ケベック出身。日本在住17年超。東京でPR会社を経営。現在は、被災者支援のために立ちあげた組織NADIAの活動のために石巻で過ごす時間が多い。

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