3.11を抱きしめて – 東日本大震災・災害復旧ボランティアの現場から- [第4回]

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ボランティアたちの継続的協力により、鈴木さんたちは日常生活を取り戻している。

 

4月半ばの石巻は、堆(うずたか)い泥や瓦礫、船、土台から引き抜かれた家屋、電柱に乗り上げたり電線がからまったりしている自動車に埋め尽くされていた。しかも雨が降っていた。凍えるほど寒い。海の水底が腐ったような、吐き気を催す臭いが漂っていた。

東京から来たボランティア40人ほどを結集した私たちには、住宅の片付けが割り当てられた。様々な物品や魚が入り混じった泥だけでなく、数世代の思い出の品も掻(か)き出さねばならない。あらゆるものが廃棄の対象であり、回収可能なものなど何も無いに等しい。高橋さんの家で、私たちは奥さんの位牌を探そうと頑張ったが見つからなかった。

位牌探しの過程で、私は家の背面を探索すべく、周囲の屋根よりも高い瓦礫の山をぐるりと見て回ることにした。鈴木夫婦に出会ったのはその時であった。二人は、築100年の我が家とこれに付属した理容店の残骸を前にして疲れ果て、息を切らし、ただただ悲嘆に暮れていた。理容店は、88年前から鈴木家の収入源であった。

愚図愚図できない。私は翌日、鈴木夫妻に手を差し伸べるべく、ボランティアの一団を連れて戻ってきた。そして、瓦礫の大部分を片付けた。その後、私たちは毎週やって来て少しずつだが床の上の泥を取り除いてきれいにした。吐き気を催させる悪臭を放ち、百万ものおぞましい蠅(はえ)がうごめく不潔な汚泥の瘡(かさ)蓋(ぶた)を掻き取った。8月になると鈴木夫妻はようやく避難所を出て、骸骨さながらに骨組みをさらしている自宅の隣に立つ息子の家に住むことになった。

もっと良いことに、ちょっとした工事を経て、鈴木夫妻は一階に真新しい理容店を設け、仕事を再開することができた。毎日、12人ほどの客が出入りしている。もう一つ部屋を用意し、新しい床板と何枚かの畳を入れれば、町から数10キロも離れた老人施設に一時的に預けている母親との同居も可能になるだろう。

日常生活が少しずつ戻っている。現在の鈴木さんたちはにこやかで、希望でいっぱいだ。地元の新聞の報道で、鈴木さんの住まいがある地区では引き続き居住が認められるだろう、と知った時、私たちは鈴木さんたちと一緒に喜びの涙を流した。

鈴木さんたちは、理容店の設立百年を共に祝おう、と決意を固めている。一方、高橋さんは現在、市内の小さなアパートで暮らしながら、湊小学校避難所の管理運営に積極的に携わっている。高橋さんの眼は、明るく輝いている。

 

Christine Lavoie-Gagnon(クリスティーヌ・ラヴォワ=ガニョン)
ケベック出身。日本在住17年超。東京でPR 会社を経営。現在は、被災者支援のために立ちあげた組織NADIAの活動のために石巻で過ごす時間が多い。

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