3.11を抱きしめて – 東日本大震災・災害復旧ボランティアの現場から- [最終回]

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巨大波で浮いた老人ホームが斜めになった建物を直す為に支援を探している。

 

東日本大震災発生から1年が過ぎた。1周年をどう迎えればよいのか。傷跡は、まだ、あまりにも生々しく、歌や踊りは論外であるし、大々的な公式慰霊行事を行う気分ではない。

私たちボランティアは、津波がもたらした瓦礫や泥の除去作業を現地でお手伝いしてきたが、いつも心がけていたことがある。1年間ボランティアさせて頂いた被災者の方々に少しでも勇気と希望を届けられるように、明るい気分を保つということだ。しかし今私たちの顔に浮かぶのは笑みではない。大惨事の生存者の支援を行いながら、彼らの喪失感と亡くなられた方々すべての重みをずっと肌に感じてきたが、それが大きくのしかかってきているのだ。

片付けや除去作業はもうすぐ終わろうとしている。やっとここまで進んだという感慨がこみ上げてくる。水産加工業者の一握りは、規模を縮小してはいるが、どうにか再開にこぎつけており、これから業務拡大が始まることだろう。石巻市も災害復興計画委員会を立ち上げ、緊急避難体制の整備や、津波対策であるダブルウォール工法の堰堤の建設や海岸部から離れた内陸部での宅地造成などを盛り込んだ、全面的な復興計画が進行中である。この計画が具体的な形となって表れるには何年もかかるが、ビジョンと積極性のある一大事業である。

しかし、個々の住民に手を差し伸べることは、ほぼ不可能な状態だ。市のわずかな予算は、復興計画を最優先している。海岸付近に住むのを恐れる住民には、無償で宅地の供与が行われているが、建物は自己負担であり、建築費の捻出といった贅沢が許される住民はほとんどいない。

このため、ボランティアは、家屋やコミュニティの再建をなるべく安価で、しかもなるべく早く進めていくかに活動の焦点を移しており、資材や資金集めの他、低料金で請け負ってくれる専門家や技能者捜しに奔走している。

数週間前、ある老人ホームの管理人と話をした。この300平方メートルの建物は、津波で本当に浮き上がり、10センチ離れたところに着地したそうだ。

「警察や自衛隊の他、日本全国や世界各地から駆けつけてくれたボランティアの支援がなければ、石巻市民は未だに泥と瓦礫の中で生活しているだろう」と、心から感謝された。

Christine Lavoie-Gagnon (ラヴォワ=ガニョン・クリスティーヌ)
ケベック出身。日本在住17年超。東京でPR会社を経営。現在は、被災者支援のために立ちあげた組織NADIAの活動のために石巻で過ごす時間が多い。

 

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