私と日本 〜モダンは伝統にあり〜 [vo.9] 禅と五匹の猫

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Japanandme 1

 

津波を経ての精神のありよう

数ヶ月前から、武士道(江戸時代の武士たちの哲学)や有名な武士の生涯、すなわち1600年から1867年の約250年間(!)の日本で主流をなした精神文化に関する本が日本の書店で目につくようになった。こうした流れを汲んで再び注目されているのが、鈴木大拙が1925年に著した「禅と日本文化」である。禅を外国に紹介するために書かれたこの本は当時、瞬く間に大評判となった。

この本を読んだことがなくても、フランス人であるなら誰でも、禅が静穏、平常心、無常観の同義語であると知っている。フランス人だけではない、日本について殆ど何も知らない者を含め、すべての外国人は日本と禅文化は切り離せないものだと知っている。禅は日本よりも外国で高く評価されている、とさえ言えよう。ところが明治維新(1867)以降に日本近代化の先頭に立った人々の大多数は、日本文化は脇に置いて西洋文化を取り入れようとした。さらには、第二次大戦で敗北を喫した(1945)後の日本にとって、戦勝国アメリカの文化と技術を吸収するのが急務であった。その行き着く先はとてつもない大量消費礼讃であり、「我思う、ゆえに我あり」(デカルト)ならぬ「我買う、ゆえに我あり」という文化であった。

バック・トゥー・ザ・フューチャー

しかし、ここ数年前から浮ついた、手っ取り早い快楽のメッキがはがれてきた。時代は変わったのだ。二つの段階を経て。二つの衝撃的な出来事の「おかげ」で。

一つ目の衝撃は、1980年代に起きたバブルの崩壊である。これを境に、自動車、高級ブランドのバッグ、人気ヘアスタイリストの店などなどを我慢せざるを得なくなった日本国民は、物質的喜びのみが人生のすべてではない、と悟った。

第二の衝撃は、2011年3月11日の津波の犠牲となって約3万人もの命が唐突に奪われた事実を前にしての絶望である。その後に襲ってきたのは、土壌、水、食物の放射能汚染に対する、今や恒常的となった恐怖である。再び大地震が起こるのでは、という大きな不安については言うまでもない。日本では2011年3月以来、6,500回も地震が起きているのだ!

こうした悲しい出来事は日本国民の意識と無意識に影響を与えている。重要な哲学的疑問がよみがえってきた。人生の意味とは?人生にどのような意味を与えるべきか?人は必ず死ぬのに。終戦以来、何十年もすっかり忘れていたことだが、日本人はここに来て初めて、よりどころとすべき価値観を抱くことの必要性を感じている。

そうした価値観は必ずしも、ユダヤ=キリスト教の伝統を引く教育を受けた欧米人の価値観と同じではない。欧米の価値観は西洋の文物と共に日本にもたらされたが、儒教の影響を受けた日本のシステムには必ずしも適合していない。そして、津波がもたらした『ショック』によって日本人は、外国に門戸を開放する以前に日本に存在した価値観を見直すことの重要性を自覚した。例えば、アニミズム的要素の強い神道の考え方だ。神道によれば、神々は自然のいたるところに存在する。ゆえに自然が重要な意味を持つ。仏教も禅の思想もこうした自然との結びつきが強い日本特有の精神風土の影響を受け、物も人もうつろいやすい、との無常観を発展させた。

以上のコンテクストを考えると、禅の思想を説く鈴木大拙の著作が突如注目を集めるのは当然のなりゆきであろう。

その著作の中で鈴木が語るあるエピソードは、武士の心構えと本物の禅の思想の何たるかを示している。

昔々あるところに勝軒という武士がいた。勝軒には大きな悩み事があった。彼の家には大きくて獰猛な鼠がいて手当たり次第に何でも齧っていたのだ。

勝軒は自分の飼い猫に退治を命じたが、この猫は当の鼠を見ると怯えて悲鳴を上げながら逃げてしまった。勝軒はそこで、勇敢で器用であるとの評判が高い近所の猫たちの力を借りようとした。しかし、どの猫も敗退してしまう。そこで、勝軒自身が刀を振りかざして鼠を追い回すことにした。しかし、鼠は右や左に跳び、振り下ろされる刀を毎回のがれてしまう。

勝軒は最後の頼みの綱として、鼠を捕まえる不思議な力を持つことで知られている猫を呼びにやった。やってきた猫を見ると、外見は他の猫と変わらず、勝軒はたいして期待しなかった。この猫はゆっくりと静かに、“ここには特別なものなど何もない”といった様子で鼠が隠れている部屋に入った。この泰然自若とした猫を見ると件の鼠は恐怖におびえ、石になったように動かずじっとしていた。数秒後、猫は鼠を口にくわえて部屋から出てきた。

その夜、すべての猫が勝軒の家に集まり、上座に座って下さい、と例の猫にお願いした。

猫たちは言った。「偉大な猫よ、私たちは皆、試みたのですが失敗しました。あなたの成功の秘密を教えて下さい!」

偉大な猫は答えた。「あなた達が学んだのは技である。あなた達の精神は、どうやって敵を倒すかということを計画して意識している。しかし、技を究めても何になろう?器用さは脳の活動であり、こればかりに目を向け
ていると“道(本筋)”を失ってしまう。また、気迫だけでも鼠を倒すことは出来ない。窮鼠猫を噛む、と言うではないか。追いつめられて何も失うものがない鼠は気迫で猫に勝る。自分の心(精神力)を練って、相手を柔和に包み込んで敵対心を失わせる、という手法も駄目だ。相手を包み込もうとする意識があなた方にとって不利に働くからだ。川が必然的に海へと流れるように、意識を超越して自然体に達しなくではだめなのだ」

技を磨き、気迫を充実させ、心(精神力)を磨いたうえで、自己を意識しない「無我」の境地に達する。これが禅に裏打ちされた武士道の精神なのだ。

 

フランソワーズ・モレシャン (ファッション・エッセイスト)
1936年、パリ、モンパルナスに生まれる。ソルボンヌ大学日本語学科を経て1958年に来日。NHK 「楽しいフランス語」講師やお茶の水女子大学フランス語講師などを務め1964年帰国。1974年にシャネル美容部長として再来日。フランス語講師、テレビタレント、作家、ファッションコーディネーターとして活躍。2004年に長年の日仏文化交流の功績によりフランス政府から「レジオン・ドヌール勲章」を叙勲。共立女子大学客員教授。フランス政府対外貿易顧問。外地在留フランス人評議会北アジア代表。金沢21世紀美術館の国際アドバイ ザー。石川県観光大使を務める。

千秋育子(イラストレーター)
愛すべきヒーリングアートの第一人者。書道七段を活かしたカリグラフィはじめ、イラスト、エッセイなどはどれも温かさに溢れ、手に取る人を和やかにする。アランデュカス氏大阪初のプロデュースレストラン「ル・コントロール・ド・ブノア」店内画や、エンジャパン本社内の壁画、その他、イラスト、ブランドマーク、ウォールペイント、エッセイなど、幅広い分野での作品多数。また、各都道府県の名所を網羅したジャパントランプ(日本政府観光局サポート)始め、シンガポール政府観光局サブブランドマーク制作、インドネシアトランプの制作と、アジア圏で幅広い活動を展開中。
http://www.sensyuyasuko.com/

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