私と日本 〜モダンは伝統にあり〜 [vo.7] 日本の民芸に乾杯!

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Japanandme 1

 

 私の住まいは東京の都心にある非常に近代的なマンションである。壁は白く滑らかで、余計な装飾は一切ない。すべてが工場で製造された規格品、と感じる住環境だ。この冷たい印象を和らげるため、私は毎日の食事に「民芸」の鉢や皿を使うことに決めた。日本人ではない読者のために一言添えると、「民芸」は「民衆的工芸」を意味する。

 ただし、日本の民衆アートは類まれな美の高みに達している。民芸の焼き物は何世紀にもわたり美術品として飾られるためではなく、日常生活で使われるために作られた実用品であり、粘土質の素朴な原料で作られている。形や色は、食器の明確な使途を反映している。多くの場合、表面の一部には釉薬がかかっておらず、地肌がのぞいており、これが釉薬の艶をいっそう引き立てている。コントラストの妙である!

 今では多くの日本人が、この種の焼き物を「卑俗」と考えて愛着を失い、アメリカ風生活スタイルの影響もあって土や木や竹を素材にした製品よりも、プラスチック製品を使っている。民芸のエネルギーに満ちた美しさを評価しているのは芸術家や知識人である。

 知識人たちの先導によって「民芸運動」と呼ばれる活動が始まったのは第二次大戦より前のことだ。この運動を始めた柳宗悦は哲学者であり、西洋の影響を受けた規格品との競争にさらされていた民衆的工芸品の価値を再認識させたいと考えていた。外国に範を求めずとも日本には固有のアイデンティティーがある、ということを示す民芸運動は、1945年の敗戦で自信をなくした日本が尊厳を取り戻すのにも役立った。

 1960年代、知識人がたむろしていた新宿に私もしばしば足を運んだことを鮮明に覚えている。人々はクラシック音楽に耳を傾け、壁に掛かった棟方志功の実に個性的な版画を眺めながら、「民芸」カップで出されたコーヒーをすすったものだ。

 その後、民芸熱は海を越えた。今の世界にあっては、様々な国の文化人たちから高く評価されている。

なぜ、「民芸」の焼き物が私たちをこれほど感動させるのか?

 一つには、これらの焼き物が伝統的な日本の生活様式の一部をなしているからだ。近代化とともに消滅する傾向にあるだけに、こうした生活様式は貴重なものになっている。自然回帰や有機農産物のブームとも無縁ではない。

 もう一つは、現代のオブジェや絵画にしばしばみられるような気取りや衒いとは無縁で、観る者の心に直接訴えかけるからだ。「民芸」を楽しむのに特別な知識は求められないし、複雑な芸術理論に耳を貸す必要もない。楽しさはストレートに伝わる。

 三つ目は、以上の飾り気のないたたずまいからエネルギーが発散され、私たちの皮膚を通して神経にまっすぐ伝わるからだ。民芸の食器の場合、形や素材の美しさをただちに見抜く事が可能であり、こうしたお皿を使えば毎日の暮らしが楽しく穏やかになるだろうな、と感じることができる。

 土という素朴な原料から作られた民芸の焼物は安らぎをもたらす。「ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから(創世記)」と聖書に記されているように……。

子供時代への回帰?

 民芸の焼き物はいずれも「丸み」を帯びている。四角い皿にも丸みがある。手で轆轤を回して作るので角でさえも「人間的」、と言えようか。ぴしっと決まった角も、面と面の境目がはっきりとした縁も無く、どこをとっても幾何学的ではない。皿の厚みがたっぷりしているのは、もともとは耐久性を考えての事だろうが、この厚みがさらなる魅力となっている。厚みこそが、何も誤魔化そうとしない、ある意味で「正直な」土という原材料の持ち味を伝えてくれる。

 民芸は素朴なゆえに安心感を与えてくれる。触れる者は守られていると感じる。民芸の取り皿、大皿、花瓶、鉢は、「母親のぬくもり」であなたを包み込んでくれるのだ。お母さんに守られていた子供時代に戻ったような気分となる。釉薬が艶やかな民芸焼物は、私たちの理性ではなく魂に訴えかけるのだ。もったいぶったところなど一つもなく。食べ物にとってもこうした焼き物は居心地が良い。薄手の食器と比べて、温かさを逃さないからだ。

今日、本当の贅沢とは?

 物質主義が隆盛を誇り、長く使うことを前提にしない製品(何度も繰り返すようだが、多くの場合プラスチック製品である)が溢れる現代社会において、愛情をこめて一つ一つ造形され、何日も昼夜を問わず火加減に気を配った末に窯出しされた民芸の焼き物は、どれをとっても少しずつ異なる。もともとは民衆の日常使いのために作られたこうした焼き物は、現代では逆説的に贅沢品となった。

 分野は異なるが、エルメスのバッグがあれほど人気を博している理由は何だろうか? 職人が一つ一つ、愛情をこめて手作業で縫っているからだ。

 21世紀の今、こうした手作りの品々こそが本物の贅沢、紛れもない人類の文化遺産を意味している。こうした品々は、人間はコンクリート、鉄、プラスチックだけに囲まれては生きてゆけないことを如実に示す証拠でもある。

 職人たちを尊敬し、大切にしようではないか。彼らこそ、本物の贅沢と私たちを繋ぐ最後の絆なのだ。本物の贅沢とは、自然なもの、簡素な美しさ、エレガンス、叡智である。いずれも、とんでもない愚行に走りがちな21世紀に大いに欠けている価値である。そう思いませんか?

 

フランソワーズ・モレシャン (ファッション・エッセイスト)
1936年、パリ、モンパルナスに生まれる。ソルボンヌ大学日本語学科を経て1958年に来日。NHK 「楽しいフランス語」講師やお茶の水女子大学フランス語講師などを務め1964年帰国。1974年にシャネル美容部長として再来日。フランス語講師、テレビタレント、作家、ファッションコーディネーターとして活躍。2004年に長年の日仏文化交流の功績によりフランス政府から「レジオン・ドヌール勲章」を叙勲。共立女子大学客員教授。フランス政府対外貿易顧問。外地在留フランス人評議会北アジア代表。金沢21世紀美術館の国際アドバイ ザー。石川県観光大使を務める。

千秋育子(イラストレーター)
愛すべきヒーリングアートの第一人者。書道七段を活かしたカリグラフィはじめ、イラスト、エッセイなどはどれも温かさに溢れ、手に取る人を和やかにする。アランデュカス氏大阪初のプロデュースレストラン「ル・コントロール・ド・ブノア」店内画や、エンジャパン本社内の壁画、その他、イラスト、ブランドマーク、ウォールペイント、エッセイなど、幅広い分野での作品多数。また、各都道府県の名所を網羅したジャパントランプ(日本政府観光局サポート)始め、シンガポール政府観光局サブブランドマーク制作、インドネシアトランプの制作と、アジア圏で幅広い活動を展開中。
http://www.sensyuyasuko.com/

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