私と日本 〜モダンは伝統にあり〜 [vo.6] ビデオゲーム時代に・・・着物

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Japanandme 1

一分につき三回は急展開を詰め込んだ狂騒的シナリオでないと退屈されるとの考えで作られたビデオゲームやテレビ番組が全盛を誇り、アイロンをかけないジーンズとTシャツが容認されるどころか“クール”なファッションとして推奨される今の時代、着物姿で通り過ぎる女性は、束の間の美しい幻のようだ。群衆の中からふと姿を現し、通りの角で瞬く間に姿を消す。夢のように。日本人が愛してやまない“儚い美”を連想させる。

儚さ!これこそ、日本人の人生観の基盤、先月号で取り上げた「侘び寂び」の根幹である。

この人生観は、日本という国の地理的条件で説明することができる。日本人は、自分たちが生きている世界は突然消滅するかもしれない、と悟っている。地震や予期せぬ津波は、この世の無常を絶えず日本人に教えてきた。

おそらくは、すべては時間と共に去りゆく、という強い意識が、人生や物事の儚さや移ろいやすさを愛でる気持ちを日本人の中に育てたのであろう。時の流れによって古色をまとった素材に対する嗜好も同様である。古色は、すべてが滅びゆく運命にあることを思い出させてくれる。

真に儚い桜の花に対する信仰にも似た熱愛も、根は同じであるに違いない。桜の花は数日しか続かず、春風が吹くとたちまち花弁が舞い、辺りは突然ピンクの雪が降ったようになる。

メディアが狂騒を繰り広げるこの時代にあって、日本でも見かけることが非常に希になっただけに、着物は日本人にとって以前にもまして大切な存在となっているのではないだろうか。

ある祭日、着物姿の若い女性でにぎわう明治神宮を散策していた私は、有名な日本人クチュリエ、山本耀司が語った言葉を思い出した。

「横姿、あるいはちょっと斜め後ろから見た女の人の姿に妙な感動を覚えます。過ぎていくもの、通り過ぎていくものに対する追いすがるような想い。ミッシングな感覚と言ってもいい。残り香もそう。なにかせつなさみたいな。過ぎ去りゆくものに誘惑されて…みたいなことが、いつもぼくのなかの女性に対するひとつの憧れとしてあるのです。だから女の人というのは、通りすぎるひと、去ってゆくひととしてしかぼくには見えない」

山本はさらに言葉を続ける。

「だから背中。服というものは、前からではなく、後ろから作ってゆくものだとぼくは思う」

そして、

「後ろは服の支え、それがしっかりしていないと前は成り立たない*」

と結論付けている。

山本の最後の指摘は、世界中の本物の衣服すべてに当てはまる。驚くほどの好例である着物は別格として、パリのオートクチュールもこの法則を常に尊重してきた。既製服の世界では服の背中側で布地を節約することが一般的であるが、オートクチュールは違う。オートクチュールの専門用語を用いれば、服は“落ち”が良くなくてはいけない。シャネルでは、完璧な“落ち”を確保するために、ジャケットの裾に金色の細いチェーンを仕込んで錘としている。

着物と、その背中が見せる見事なシルエットに話を戻そう。上に広がる襟が描くカーブがうなじの根元の美しさを引き立て、背中は結んだ帯によって飾られている。帯は、ボタンもジッパーもスナップも無しに、着物全体を一つにまとめている。

長い絹の帯を解くだけで着物をするするとはだける様子を思わず想像してしまうが、実に色っぽい・・・。

しかし、大変に美しい着物も、さまざまな付属品抜きでは無に等しい。着物の下着である襦袢、襦袢の襟に重ねる半襟、帯、そして様々な紐。紐は、着物が脱げないように留めるだけでなく、シルエットを決めるドレープを作り出す役目をも担う。

着物の着付けは、本物の“手仕事”である。機械化された現代に暮らす私たちが、心理的快感の入り混じった喜びと共に再発見する手仕事だ。

 

*山本耀司の言葉は、鷲田清一著「たかが服、されど服 ヨウジヤマモト論」(集英社)から引用しました。

 

フランソワーズ・モレシャン (ファッション・エッセイスト)
1936年、パリ、モンパルナスに生まれる。ソルボンヌ大学日本語学科を経て1958年に来日。NHK「楽しいフランス語」講師やお茶の水女子大学フランス語講師などを務め1964年帰国。1974年にシャネル美容部長として再来日。フランス語講師、テレビタレント、作家、ファッションコーディネーターとして活躍。2004年に長年の日仏文化交流の功績によりフランス政府から「レジオン・ドヌール勲章」を叙勲。共立女子大学客員教授。フランス政府対外貿易顧問。外地在留フランス人評議会北アジア代表。金沢21世紀美術館の国際アドバイザー。石川県観光大使を務める。

 

千秋育子(イラストレーター)
愛すべきヒーリングアートの第一人者。書道七段を活かしたカリグラフィはじめ、イラスト、エッセイなどはどれも温かさに溢れ、手に取る人を和やかにする。アランデュカス氏大阪初のプロデュースレストラン「ル・コントワール・ド・ブノア」店内画や、エンジャパン本社内の壁画、その他、イラスト、ブランドマーク、ウォールペイント、エッセイなど、幅広い分野での作品多数。また、各都道府県の名所を網羅したジャパントランプ(日本政府観光局サポート)始め、シンガポール政府観光局サブブランドマーク制作、インドネシアトランプの制作と、アジア圏で幅広い活動を展開中。

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