スベリ方自慢

志ら乃劇場 – 第四席

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Shirano

 

失敗をしない人間はいない。そして内容にもよるが、自分が過去にやらかした失敗と同様の失敗を他の人間がやらかすと、優越感なのか何なのかその正体はよくわからないが、ちょっとした嬉しさが込み上げてくることがある。しかも目の前でそれが起きた時などは、胸さえ踊ってしまう。

先日後輩の落語家がスベッているのを落語会の袖で見ていた。はっきり書いておくが、その後輩の落語自体がヘタクソでどうにもならなかったのではない。何かひとつ歯車が狂い、調子を取り戻せないまま、おしまいまで喋ったということであり、その芸や芸に対する意気込みはよくわかるし、その日その時の多くの客には伝わらなかったかもしれないが、袖にいた立川志ら乃という落語家には伝わっていたということだ。ここまでその後輩の落語家がつまらないわけではないということを書くくらいなら、そもそもこんなところで書くな!ってなもんかもしれないが。

受けなかったことを自覚し肩をがっくり落としているそやつの楽屋へ私は意気揚々と乗り込み開口一番、「おい! 今日のギャラを返せ!」と満面の笑みで言うとそれに対して、「確かにそうかもしれませんね……まだ頂いてないのでそうしてくれた方が……」という返答が。って真面目か!

私は真顔でこう続けた。「お前はわかってないようだから教えといてやる」と。この一言で、楽屋が一瞬静まり返った。次の私の言葉を待つ後輩落語家に向かってこう言った。「お前、スベることなく落語家としての生涯を終えようとしてたろ!」と。そして「オレがどれだけスベって来たか教えてやる」と過去のスベり話を披露した。しばらくするとその日会場にいた他の落語家が集まってきて「オレがスベッた時は……」とスベった時の話を次々披露し始める。しかも、「そんなのは甘いな、オレの時は……」と、病院の待合室で病気の重さを自慢し合っている人達のようなおかしな状況に。私が初めて国立演芸場での寄席に入った時、なんと一回寝坊で遅刻をしたことがある。もちろん頭を下げ、次の日も菓子折り持って方々回ったりした。しかし、出演の先輩芸人達はそんな私を見ては「まだいいよ君は、ちょっと遅れただけでちゃんと来たじゃない。うちの相方なんて来なかったんだよ、しかも謝りもしねぇ」など次々遅刻エピソードを繰り広げるのだ。

ちょっと前の独演会で私はスベったのだが、それを見ていたアナウンサーの方に、「そんなのどうってことないよ、オレなんて生放送でこんにちはの『こ』が言えなくなった事があるんだから。家で毎日『こんにちは』の稽古したことある?」となかなか強烈なエピソードを聞かせてくれた。失敗は恥ずかしいし、できれば体験したくないかもしれないが、同じ失敗をしたもの同士の結束感を一度味わってしまうと、失敗への免疫力がうんと上がる。「失敗」がこんなにも優秀なコミュニケーションツールであることを知れば、失敗はもう怖くない。いや怖いか。

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